2006年ドイツ旅行ー準備編 [ドイツ旅行記]
今年もドイツに行こう!とは昨年の旅行から帰って来てすぐに決めていたことだけれど、実際に具体的な準備をそろそろ始めなくては・・・。
某月某日
《航空券の手配》
インターネットという便利なものがあるので、自宅にいながらにして世界の情報を得ることが出来る。昨年はHISさんで航空券もホテルも手配したけれど、今年はお店に行く時間も勿体ないし、いっちょ、インターネットで手配しようと思う。
ところで、航空会社だけれど、断然安いのはアエロフロート。載ってみたいのはルフトハンザ。この2社の間には価格に約2倍の開きがある。そして、安全性は・・・?JTBに勤めているプロや海外出張の多い友達にリサーチしてみたりしたが、結局、「落ちる時は落ちる」わけだし、色々迷ったが、オランダ航空の、既に出発時間などが決まっている格安チケットに決めた。
某月某日
《パスポートの手配》
さて、いざ手配しようとパスポートを片手に電話を手にする。(格安チケットの場合、パスポートナンバーがないと予約できないことがある。)よく見ると、旅行に行く前に期限が切れるじゃんっ!!!!!
一応電話で確認すると、このチケットはナンバーはなくてもOKらしいから、取りあえず予約を済まして、明日、パスポートの更新に行くことにする。
某月某日(翌日)
《更新に必要なもの》
もちろんインターネットで調べます。写真と住民票。住基ネットを実施している自治体では住民票は省略出来ると書いてある。だとしたら大助かり。だって、市役所に行く手間が省けるもの。
ところが・・・・交付センターに行ったら、本籍地の住所(番地まで)が分からず、慌てて母親に電話。母親もど忘れ。色々な書類をひっくり返し、母子手帳に書いてあるのを発見、無事に申請することが出来たが、父親が帰って来てその話しをしたら「免許証に書いてあっただろ。バカだなあ、お前ら。」と言われた。
某月某日
《ホテルの手配》
ホテルは色々迷ったが、ライプツィヒの2泊分のみ、旅行会社に頼んだ。ドレスデンと最終日のベルリンはガイドブックに載っていたホテルのHPを見て、予約。Eメールのやりとりになるので、超簡単なドイツ語で(敬語とか難しいから用件のみ!)辞書を片手に頑張る。
あちらに着いて、まずベルリンに4泊するのだけど、お知り合いのお嬢さんが留学中で、そのルームメイトさんがちょうどその時期、留守らしいので、そのお部屋を使わせてもらうことにした。日本人には「シェア」という感覚はないので、どんな生活なのか、どんな家なのか、さっぱり分からず不安なのだけど、こんな経験も望んで出来ることではないので、やってみることにする。
某月某日
《オペラのチケットを予約する》
今回はベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンという旧東側ばかりを巡る旅をする。どこにいつ何泊するか、というのは色々な都合を照らし合わせて調整するので結構大変だ。
ドレスデンは建都400年だか800年だかの記念の年だそうで、マリエンキルヒェも修復が成ったらしいし、是非見たい。ツヴィンガー宮殿は月曜日休みなので、それ以外の日に見学しなくては。
ライプツィヒでは、もちろん聖トーマス教会を訪れなくては!そして、せっかくだから日曜礼拝でトーマス合唱団の歌声も聴きたい!!音楽をやっている者にとってライプツィは普通に絶対訪れたい街なんだけど、そうじゃない人にとってはどんな存在なんだろう??
ベルリンでは、昨年あきらめた所を中心に、結構、細かく回りたいなあと思う。それから、KOMISCHE OPERで研修中の指揮者の松岡究先生とお食事でもしましょう、と言っているし、ベヒシュタインの工場も見せていただける予定だ。
で、オペラはBERLIN DEUCHE OPERのタンホイザーとLINDEN OPERのコジファンテゥッテを予約した。本場でドイツオペラを観られるって感激。でも、字幕は出てこないってことだから、自分の責任でちゃんと聞き取らないといけないわ。そして・・・・やっちまったです。LINDEN OPERのチケット、2枚とってしまいました。もちろんインターネットで予約したのですが、同じ日に注文したDEUCHE OPERは例のごとく2~3日で日本に到着したのに、LINDEN OPERは1週間を過ぎても来ないから、てっきりうまく予約できなかったと思い、もう一度予約したら、それから2通、立続けに届いたのでした。あちゃ~~~~~でしょう。今、お部屋を貸してくれる知人の方に、ネットオークションとかないの?と聞いているところです。
本当は一番聴きたいベルリンフィルはザツブルグにお引っ越し中でいないらしい。ライプツィヒゲヴァントハウスは、売切(当日券に挑戦しようかな。)ドレスデンでもめぼしい演奏会はなし。今回はあまりたくさんの演奏会には行けそうにありません。その分、美術館でも行こうかしら。
某月某日
《私のドイツ語勉強法》
大学の授業に始まって、ずいぶん長いこと勉強は続けているけど、まったく身にならない私のドイツ語力(^^;)ドイツ語の教室に通ったこともあるし、NHKのラジオ講座のテキストとCDで勉強したり、独検を受けたり。で、いよいよ、独学ではもう無理と思い、1年ちょっと前から欧日協会で週1回習いはじめました。クラスの雰囲気、先生との相性、テキストなども私にはちょうど良く、まあまあ頑張っていますが、何しろ、語学には向かない性格なので・・・・ちっともしゃべれるようにはなりませんけど、少しは聞き取れるようにはなりました。
それで、聞き取りの練習をするために、いいなあと思っている勉強法は「子供用のテレビ番組を見る」ことです。初めは、セサミストリートを見ていましたが、何度も見て飽きて来たので、御存知「アルプスの少女ハイジ」を見ています。あの日本で流れていた絵にドイツ語の吹き替えです。でも、ハイジは元々ドイツ語をしゃべっているはずだから、これって原語???秋頃に1通り見て、ここ何週間かでもう1通り見ています。前に見ても聞き取れなかった、あるいは理解できなかったことも少しは分かるようになってたりすると嬉しいです。よく知っている内容で、大好きな番組なので見ているだけでも楽しいですよ。
今度は「ハリーポッター」にしようと思っています。本当は「ベルばら」があればいいんだけど。。。
*旅行に出発する→
某月某日
《航空券の手配》
インターネットという便利なものがあるので、自宅にいながらにして世界の情報を得ることが出来る。昨年はHISさんで航空券もホテルも手配したけれど、今年はお店に行く時間も勿体ないし、いっちょ、インターネットで手配しようと思う。
ところで、航空会社だけれど、断然安いのはアエロフロート。載ってみたいのはルフトハンザ。この2社の間には価格に約2倍の開きがある。そして、安全性は・・・?JTBに勤めているプロや海外出張の多い友達にリサーチしてみたりしたが、結局、「落ちる時は落ちる」わけだし、色々迷ったが、オランダ航空の、既に出発時間などが決まっている格安チケットに決めた。
某月某日
《パスポートの手配》
さて、いざ手配しようとパスポートを片手に電話を手にする。(格安チケットの場合、パスポートナンバーがないと予約できないことがある。)よく見ると、旅行に行く前に期限が切れるじゃんっ!!!!!
一応電話で確認すると、このチケットはナンバーはなくてもOKらしいから、取りあえず予約を済まして、明日、パスポートの更新に行くことにする。
某月某日(翌日)
《更新に必要なもの》
もちろんインターネットで調べます。写真と住民票。住基ネットを実施している自治体では住民票は省略出来ると書いてある。だとしたら大助かり。だって、市役所に行く手間が省けるもの。
ところが・・・・交付センターに行ったら、本籍地の住所(番地まで)が分からず、慌てて母親に電話。母親もど忘れ。色々な書類をひっくり返し、母子手帳に書いてあるのを発見、無事に申請することが出来たが、父親が帰って来てその話しをしたら「免許証に書いてあっただろ。バカだなあ、お前ら。」と言われた。
某月某日
《ホテルの手配》
ホテルは色々迷ったが、ライプツィヒの2泊分のみ、旅行会社に頼んだ。ドレスデンと最終日のベルリンはガイドブックに載っていたホテルのHPを見て、予約。Eメールのやりとりになるので、超簡単なドイツ語で(敬語とか難しいから用件のみ!)辞書を片手に頑張る。
あちらに着いて、まずベルリンに4泊するのだけど、お知り合いのお嬢さんが留学中で、そのルームメイトさんがちょうどその時期、留守らしいので、そのお部屋を使わせてもらうことにした。日本人には「シェア」という感覚はないので、どんな生活なのか、どんな家なのか、さっぱり分からず不安なのだけど、こんな経験も望んで出来ることではないので、やってみることにする。
某月某日
《オペラのチケットを予約する》
今回はベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンという旧東側ばかりを巡る旅をする。どこにいつ何泊するか、というのは色々な都合を照らし合わせて調整するので結構大変だ。
ドレスデンは建都400年だか800年だかの記念の年だそうで、マリエンキルヒェも修復が成ったらしいし、是非見たい。ツヴィンガー宮殿は月曜日休みなので、それ以外の日に見学しなくては。
ライプツィヒでは、もちろん聖トーマス教会を訪れなくては!そして、せっかくだから日曜礼拝でトーマス合唱団の歌声も聴きたい!!音楽をやっている者にとってライプツィは普通に絶対訪れたい街なんだけど、そうじゃない人にとってはどんな存在なんだろう??
ベルリンでは、昨年あきらめた所を中心に、結構、細かく回りたいなあと思う。それから、KOMISCHE OPERで研修中の指揮者の松岡究先生とお食事でもしましょう、と言っているし、ベヒシュタインの工場も見せていただける予定だ。
で、オペラはBERLIN DEUCHE OPERのタンホイザーとLINDEN OPERのコジファンテゥッテを予約した。本場でドイツオペラを観られるって感激。でも、字幕は出てこないってことだから、自分の責任でちゃんと聞き取らないといけないわ。そして・・・・やっちまったです。LINDEN OPERのチケット、2枚とってしまいました。もちろんインターネットで予約したのですが、同じ日に注文したDEUCHE OPERは例のごとく2~3日で日本に到着したのに、LINDEN OPERは1週間を過ぎても来ないから、てっきりうまく予約できなかったと思い、もう一度予約したら、それから2通、立続けに届いたのでした。あちゃ~~~~~でしょう。今、お部屋を貸してくれる知人の方に、ネットオークションとかないの?と聞いているところです。
本当は一番聴きたいベルリンフィルはザツブルグにお引っ越し中でいないらしい。ライプツィヒゲヴァントハウスは、売切(当日券に挑戦しようかな。)ドレスデンでもめぼしい演奏会はなし。今回はあまりたくさんの演奏会には行けそうにありません。その分、美術館でも行こうかしら。
某月某日
《私のドイツ語勉強法》
大学の授業に始まって、ずいぶん長いこと勉強は続けているけど、まったく身にならない私のドイツ語力(^^;)ドイツ語の教室に通ったこともあるし、NHKのラジオ講座のテキストとCDで勉強したり、独検を受けたり。で、いよいよ、独学ではもう無理と思い、1年ちょっと前から欧日協会で週1回習いはじめました。クラスの雰囲気、先生との相性、テキストなども私にはちょうど良く、まあまあ頑張っていますが、何しろ、語学には向かない性格なので・・・・ちっともしゃべれるようにはなりませんけど、少しは聞き取れるようにはなりました。
それで、聞き取りの練習をするために、いいなあと思っている勉強法は「子供用のテレビ番組を見る」ことです。初めは、セサミストリートを見ていましたが、何度も見て飽きて来たので、御存知「アルプスの少女ハイジ」を見ています。あの日本で流れていた絵にドイツ語の吹き替えです。でも、ハイジは元々ドイツ語をしゃべっているはずだから、これって原語???秋頃に1通り見て、ここ何週間かでもう1通り見ています。前に見ても聞き取れなかった、あるいは理解できなかったことも少しは分かるようになってたりすると嬉しいです。よく知っている内容で、大好きな番組なので見ているだけでも楽しいですよ。
今度は「ハリーポッター」にしようと思っています。本当は「ベルばら」があればいいんだけど。。。
*旅行に出発する→
2005年ドイツ旅行 [ドイツ旅行記]
やっちゃいました!
言葉もしゃべれないのに初めての一人旅。
憧れのハンブルグ〜現代と過去が交錯する街フランクフルト〜進化する首都ベルリン
写真が異様に少ないのは、ほとんど撮らなかったからです。写真を撮るのが嫌いな私は、普段からカメラを手にする習慣があまりないのです。で、「そういえば写真撮るの忘れた〜〜」っていうことがたくさん。せっかくの旅行なのに、あまり記録が残りませんでした。
文章を再度読み返すと、当時の記憶が昨日のことのように蘇って来ます。写真がなくてもちゃんと想い出は残っているんですね!
では、どうぞ→http://piano-otogibako.blog.so-net.ne.jp/2012-08-15-3
言葉もしゃべれないのに初めての一人旅。
憧れのハンブルグ〜現代と過去が交錯する街フランクフルト〜進化する首都ベルリン
写真が異様に少ないのは、ほとんど撮らなかったからです。写真を撮るのが嫌いな私は、普段からカメラを手にする習慣があまりないのです。で、「そういえば写真撮るの忘れた〜〜」っていうことがたくさん。せっかくの旅行なのに、あまり記録が残りませんでした。
文章を再度読み返すと、当時の記憶が昨日のことのように蘇って来ます。写真がなくてもちゃんと想い出は残っているんですね!
では、どうぞ→http://piano-otogibako.blog.so-net.ne.jp/2012-08-15-3
2008年ドイツ旅行 [ドイツ旅行記]
ホームページのリニューアルに伴い、内容を整理、一部をブログに移す作業をしていますが、なかなか進みません(ーー;)
そして、本日、ようやく2008ドイツ旅行の記録をアップ出来ました。ドタバタ珍道中記の第3弾です。2008年、6/16~25 今回もマイナーに。大聖堂の街ケルン〜ベートーヴェン生誕のボン〜ヨーロッパの保養地バーデンバーデン〜ヴィッテルスバッハゆかりのミュンヘンとその郊外
過去2回の旅行で涙を飲んであきらめた場所ばかり、全て回って来ました。相変わらずの行き当たりバッタリ的なリッチ旅行。
詳しくは、こちらより → ドイツ旅行記
そして、本日、ようやく2008ドイツ旅行の記録をアップ出来ました。ドタバタ珍道中記の第3弾です。2008年、6/16~25 今回もマイナーに。大聖堂の街ケルン〜ベートーヴェン生誕のボン〜ヨーロッパの保養地バーデンバーデン〜ヴィッテルスバッハゆかりのミュンヘンとその郊外
過去2回の旅行で涙を飲んであきらめた場所ばかり、全て回って来ました。相変わらずの行き当たりバッタリ的なリッチ旅行。
詳しくは、こちらより → ドイツ旅行記
2008年ドイツ旅行−9 [ドイツ旅行記]
『ルードヴィヒの墓』
最後の日は飛行機の時間が3時ころなので、午前中は観光できます。ドイツ博物館に行くのが希望だったんですが、色々な予定が押せ押せになってしまったので、もう少し近場で過ごすことにしました。
マリエンキルヘの地下にあるヴィッテルスバッハ一族の墓に行きました。中央にある一番立派なのがルードヴィヒの墓です。この墓には綺麗な花も手向けられ、人気の高さを物語っています。
それぞれの棺には、誰のものであるか、その名前とタイトル、そして生没年が記されています。大人になるまで生きられなかった王子や王女も多いことに気づかされます。ひときわ小さな棺は生まれて1歳でなくなったもの。本当に切ないです。
『ペーターキルヘの塔から』
フラウエンキルヘの塔にはエレベーターで上がれるらしいが、そこは、やはり歩きでないと・・・ということで、ペーターキルヘに昇りました。すれ違いをすることが出来ないくらいの細い階段が、しかも、ずっと右回りなので、目が回るんじゃないかと思いました。疲れるんだけど止まったらふらふら〜っとして落ちるんじゃないかと思って、途中で立ち止まるのが怖かったです。
2つのネギ坊主はフラウエンキルへの塔。
『からくり時計』
もう一つ、ペーターキルヘに昇った理由は、市庁舎のからくり時計がよく見えるから。という訳で11時のからくり時計の時間を見計らって10:45くらいから昇り始めました。同じことを考える人は他にもたくさんいて、修学旅行生っぽい子たちもいましたが、私は負けずに特等席を確保して、カメラを持って待ち構えていました。ところが・・・肝心のからくり時計の方は期待したほどのモンでもなくてがっかり。帰って来てから友達に話したら「下から観た方が綺麗かもね」と言われ、更にがっかり。
『再び白ソーセージ』
空港には早く着いたので、お昼を食べました。最後のドイツ料理ということで、ホフブロイハウスがあったので、もう一度白ソーセージとプレッツェルを注文しました。でも、これは本店で食べた白ソーセージの半分くらいの大きさでした。味は美味しかったけど。
ウェイターのお姉さんが、バイエルン地方の民族衣装を着ていましたが、私もお土産に買ってきました。普段着ていたらちょっと目立っちゃうかもしれないけど、何か適当な機会を作ってお目にかけたいと思います。
乗り継ぎのお客様をお待ちするとかで出発が遅れましたが、成田への到着は予定通り。10時間ちょっとフライトでした。直行便は、楽でいいですね〜。
相変わらずあまり計画性のない一人旅。「すごい、すごい」って言われるけど、よくぞ無事で帰って来れました・・・っていう感じですし、いつも思うのはもっと言葉がしゃべれたら楽しいのに〜ってことです。それから、キリスト教についてもっと知りたいなあというのが今回特に強く思ったことです。そうしたら、教会のステンドグラスも、アルテピナコテークの宗教画も、もっともっと理解できたと思います。課題が出来たということは、次への楽しみが増えたということで。珍道中記を締めくくりたいと思います。
最後の日は飛行機の時間が3時ころなので、午前中は観光できます。ドイツ博物館に行くのが希望だったんですが、色々な予定が押せ押せになってしまったので、もう少し近場で過ごすことにしました。
マリエンキルヘの地下にあるヴィッテルスバッハ一族の墓に行きました。中央にある一番立派なのがルードヴィヒの墓です。この墓には綺麗な花も手向けられ、人気の高さを物語っています。
それぞれの棺には、誰のものであるか、その名前とタイトル、そして生没年が記されています。大人になるまで生きられなかった王子や王女も多いことに気づかされます。ひときわ小さな棺は生まれて1歳でなくなったもの。本当に切ないです。
『ペーターキルヘの塔から』
フラウエンキルヘの塔にはエレベーターで上がれるらしいが、そこは、やはり歩きでないと・・・ということで、ペーターキルヘに昇りました。すれ違いをすることが出来ないくらいの細い階段が、しかも、ずっと右回りなので、目が回るんじゃないかと思いました。疲れるんだけど止まったらふらふら〜っとして落ちるんじゃないかと思って、途中で立ち止まるのが怖かったです。
2つのネギ坊主はフラウエンキルへの塔。
『からくり時計』
もう一つ、ペーターキルヘに昇った理由は、市庁舎のからくり時計がよく見えるから。という訳で11時のからくり時計の時間を見計らって10:45くらいから昇り始めました。同じことを考える人は他にもたくさんいて、修学旅行生っぽい子たちもいましたが、私は負けずに特等席を確保して、カメラを持って待ち構えていました。ところが・・・肝心のからくり時計の方は期待したほどのモンでもなくてがっかり。帰って来てから友達に話したら「下から観た方が綺麗かもね」と言われ、更にがっかり。
『再び白ソーセージ』
空港には早く着いたので、お昼を食べました。最後のドイツ料理ということで、ホフブロイハウスがあったので、もう一度白ソーセージとプレッツェルを注文しました。でも、これは本店で食べた白ソーセージの半分くらいの大きさでした。味は美味しかったけど。
ウェイターのお姉さんが、バイエルン地方の民族衣装を着ていましたが、私もお土産に買ってきました。普段着ていたらちょっと目立っちゃうかもしれないけど、何か適当な機会を作ってお目にかけたいと思います。
乗り継ぎのお客様をお待ちするとかで出発が遅れましたが、成田への到着は予定通り。10時間ちょっとフライトでした。直行便は、楽でいいですね〜。
相変わらずあまり計画性のない一人旅。「すごい、すごい」って言われるけど、よくぞ無事で帰って来れました・・・っていう感じですし、いつも思うのはもっと言葉がしゃべれたら楽しいのに〜ってことです。それから、キリスト教についてもっと知りたいなあというのが今回特に強く思ったことです。そうしたら、教会のステンドグラスも、アルテピナコテークの宗教画も、もっともっと理解できたと思います。課題が出来たということは、次への楽しみが増えたということで。珍道中記を締めくくりたいと思います。
2008年ドイツ旅行−8 [ドイツ旅行記]
♪6/23 ミュンヘン郊外観光
『シュタルンベルク湖』
早いものでもう最終日になってしまいました。
ミュンヘンに泊まってシュタルンベルグ湖に行きたいと言うと「え〜何で〜?」って絶対に聞かれますが、ルードヴィヒ2世が入水自殺をした所だからです。日本人がドイツ旅行って言うと、必ずと言っていいほど、ノイシュバンシュタイン城に行きますが、その城を作った王の末路がここです。ノイシュバンシュタインには、昔、行っているのと、個人旅行で行くにはちょっと不便な所にあるので、今回はあきらめ。
ミュンヘン中央駅から約40分程で、シュタルンベルグ駅に着きます。駅を降りると目の前が湖で、こんなかもちゃんたちがお出迎え。のどかな雰囲気です。
『ルードヴィヒ終焉の地』
「駅から約4キロの所にベルグという町があり、そこにルードヴィヒが身を投げたとされる場所がある」という一文だけを頼りに出かけたので、道が分かりませ〜ん(><)でも、まあ、湖から離れないようにだけ気をつけて、4キロってことは普通に歩いて1時間だから・・・という原始的な方法でひたすら歩く。
でも、結果、全部で6キロくらい歩きました。確かにベルグという町までは4キロくらいでしたが、その後、この記念碑がある場所まではさらに1、5〜2キロくらいありました。
『教会?一応Kapelleと名付けられているので』
入水した場所を見下ろす所に記念のお堂みたいなのがありました。ここで昼食。
この後に遊覧船に乗り、湖の反対側にあるローゼインゼル(ばらの島)に行きますが、そこは、ルードヴィヒがオーストリア皇后エリザベート(シシィ)とたびたび密会を重ねた所だそうです。その島の方へ向かって、彼が歩いて行こうとしたような気がしてなりません。単なる偶然なんでしょうか?
『ローゼインゼル』
島まで渡し船が出ていましたが、それはやめました。看板に面白いことが書いてありました。「島に行きたい人は、渡し船のおじさんを大きな声で呼んでくれ、そうしたら、すぐに迎えに行きます」みたいな内容。島へは泳いでも渡れそうな距離なので、もし、おじさんが島側にいたとしても大きな声で呼べば気づくし、反対に、岸の方にいたとして、島から帰りたい場合も呼べば気づくってわけです。ちゃんと運航時間とかが決められていないのがすごいです。
『ホテル「カイザリンエリザベート」』
シュタルンブルグ湖はとても大きいので、遊覧船は2時間コースでした。ドイツから帰って来て私は真っ黒に日焼けしていましたけれど、この日がかなり原因だったかもしれません。でも、ちゃんと日傘を差していましたけどね。異国で時間に追われず、遊覧船に乗ってボーッと過ごすなんて最高の贅沢ですよ。しかも、遊覧船に乗るなんていう計画も、遊覧船があるなんていう情報も知らずに行っているのですから。ツアー旅行では絶対に味わえません。
このホテルはシシィがたびたび訪れたホテルだそうです。名前の立派さに大してかなりちゃちい外観だったので、近くで工事をしていたおじさんに「この辺りにカイザリンエリザベートというホテルはこの1軒だけか?」って聞いちゃいました。
『シシィ座像』
軽井沢の万平ホテルのような雰囲気の所でした。中に入るとシシィの肖像などがあり、「良かった、ここでいいのね」みたいな安堵感が。Erdbeereのケーキを頼んで見た目がイマイチだったので、写真も撮らなかったら、期待に反してとても美味しかったです。このホテルはどうも肩すかしのような所です。
シシィの座像は庭の中にありました。それほど綺麗に手入れされているわけでもなく、あまりありがたいもののように扱われてはいないように感じました。そして、この座像が示すように、シシィはかなり小柄な人だったんではないでしょうか?どうなんでしょう?ウエスト50センチっていうのは聞いたけど。背はどのくらいあったのかな?
♪6/24 ミュンヘン→成田 を読む→
『シュタルンベルク湖』
早いものでもう最終日になってしまいました。
ミュンヘンに泊まってシュタルンベルグ湖に行きたいと言うと「え〜何で〜?」って絶対に聞かれますが、ルードヴィヒ2世が入水自殺をした所だからです。日本人がドイツ旅行って言うと、必ずと言っていいほど、ノイシュバンシュタイン城に行きますが、その城を作った王の末路がここです。ノイシュバンシュタインには、昔、行っているのと、個人旅行で行くにはちょっと不便な所にあるので、今回はあきらめ。
ミュンヘン中央駅から約40分程で、シュタルンベルグ駅に着きます。駅を降りると目の前が湖で、こんなかもちゃんたちがお出迎え。のどかな雰囲気です。
『ルードヴィヒ終焉の地』
「駅から約4キロの所にベルグという町があり、そこにルードヴィヒが身を投げたとされる場所がある」という一文だけを頼りに出かけたので、道が分かりませ〜ん(><)でも、まあ、湖から離れないようにだけ気をつけて、4キロってことは普通に歩いて1時間だから・・・という原始的な方法でひたすら歩く。
でも、結果、全部で6キロくらい歩きました。確かにベルグという町までは4キロくらいでしたが、その後、この記念碑がある場所まではさらに1、5〜2キロくらいありました。
『教会?一応Kapelleと名付けられているので』
入水した場所を見下ろす所に記念のお堂みたいなのがありました。ここで昼食。
この後に遊覧船に乗り、湖の反対側にあるローゼインゼル(ばらの島)に行きますが、そこは、ルードヴィヒがオーストリア皇后エリザベート(シシィ)とたびたび密会を重ねた所だそうです。その島の方へ向かって、彼が歩いて行こうとしたような気がしてなりません。単なる偶然なんでしょうか?
『ローゼインゼル』
島まで渡し船が出ていましたが、それはやめました。看板に面白いことが書いてありました。「島に行きたい人は、渡し船のおじさんを大きな声で呼んでくれ、そうしたら、すぐに迎えに行きます」みたいな内容。島へは泳いでも渡れそうな距離なので、もし、おじさんが島側にいたとしても大きな声で呼べば気づくし、反対に、岸の方にいたとして、島から帰りたい場合も呼べば気づくってわけです。ちゃんと運航時間とかが決められていないのがすごいです。
『ホテル「カイザリンエリザベート」』
シュタルンブルグ湖はとても大きいので、遊覧船は2時間コースでした。ドイツから帰って来て私は真っ黒に日焼けしていましたけれど、この日がかなり原因だったかもしれません。でも、ちゃんと日傘を差していましたけどね。異国で時間に追われず、遊覧船に乗ってボーッと過ごすなんて最高の贅沢ですよ。しかも、遊覧船に乗るなんていう計画も、遊覧船があるなんていう情報も知らずに行っているのですから。ツアー旅行では絶対に味わえません。
このホテルはシシィがたびたび訪れたホテルだそうです。名前の立派さに大してかなりちゃちい外観だったので、近くで工事をしていたおじさんに「この辺りにカイザリンエリザベートというホテルはこの1軒だけか?」って聞いちゃいました。
『シシィ座像』
軽井沢の万平ホテルのような雰囲気の所でした。中に入るとシシィの肖像などがあり、「良かった、ここでいいのね」みたいな安堵感が。Erdbeereのケーキを頼んで見た目がイマイチだったので、写真も撮らなかったら、期待に反してとても美味しかったです。このホテルはどうも肩すかしのような所です。
シシィの座像は庭の中にありました。それほど綺麗に手入れされているわけでもなく、あまりありがたいもののように扱われてはいないように感じました。そして、この座像が示すように、シシィはかなり小柄な人だったんではないでしょうか?どうなんでしょう?ウエスト50センチっていうのは聞いたけど。背はどのくらいあったのかな?
♪6/24 ミュンヘン→成田 を読む→
2008年ドイツ旅行−7 [ドイツ旅行記]
♪6/22 ミュンヘン観光その2
『ダッハウの収容所跡』
ユダヤ人強制収容所跡地です。ジリジリと暑い日だったので、余計に重苦しい気分になりました。「ARBEIT MACHT FREI=働けば自由になれる」って、嘘つくな〜って言いたいですね。
それにしても、ここでの展示もオーディオガイドも本当にメチャメチャ詳し過ぎる。それをいちいち丁寧に読んでいるドイツ人の勤勉さには感服します。
『BRAUSEBAD』
って、つまり毒ガス室です。
『焼却炉』
BRAUSEBADを抜けると、次の部屋には焼却炉が4台くらい。1台につき2〜3人の遺体が焼けるそうです。建物の構造が一連の流れ作業のようになっています。
『祈り』
これは記念碑ですが、この奥にこじんまりとした教会がありました。そこで、ちょうど昼の祈りをしていたようです。収容所に関係のあるものなのかよく分かりませんが。修道女たちが賛美歌を歌っていました。10人近くの人が一緒に歌っているのに、その声は完全に1本の線となっていて、澄んでいました。小さな教会なので、天井も高くはありませんが、美しい祈りの調べが柔らかい響きとなって満ちていました。
『ミュンヘン音大』
ダッハウから帰って来たのが予定より遅くなってしまったのと、既にかなり歩いて疲れていたのですが、アルテピナコテークには行きたいなと思い、頑張りました。ざざっと見ただけですが。
その割と近くにミュンヘン音大があります。昨日、友くんに地図の「この辺」を教えてもらったのを頼りに行ってみました。この階段は、映画「白バラの祈り」で主人公たちが通っていた大学の階段によく似ています。ドイツの大学(建物)って皆こんな感じの作りなんでしょうか??
休日ということもあり、あまり学生さんはいなくて、従って音もあまり聞こえず、シーンとして怖かったので、さっさと出て来てしまいました。
『掲示板』
雑多な紙がたくさん貼ってある掲示板などは、どこの国でも一緒ですね〜。休講の紙、アンサンブルパートナー、ルームメイト、アルバイトなどの募集、演奏会のチラシ等々。。。
『バイエルン国立歌劇場』
一度ホテルに戻って、スカートに着替えて、オペラを観に行きました。今回は、このオペラ1本だけしか観られなかったのは本当に残念です。ミュンヘンはこれから音楽祭シーズンになり、嵐の前の静けさで演目が少ないんです。
今日の演目は、モーツァルトのコジ・ファン・トゥッテ。今回も、代役が2人ほどいたようです。日本ではあまり代役というのはなくて、アンダー(控えの歌手)の人は、勉強してもまずチャンスがないから損っていうイメージがありますが、あちらでは、今まで何本か観たオペラも必ず代役の人がいるから、若手の人にも突発的なチャンスが回ってくる可能性が高いのかもしれません。
『バルコン席』
いつかバルコンに座ってみたいなあと思います。
『休憩中』
今回は、結構良い席でした。Parkettというのは訳すと平土間ですが、日本的に言うと一階席です。休憩中は扉が完全に閉められて、ホール内に残ってはいけないようです。5分前になるとベルが鳴り、係の人が再びドアを開けてくれて、中に入ることが出来ます。
『休憩中』
オケピットを写してみました。舞台上には、フィオルディリージとドラベッラが談笑中。ちょっとくつろぎ過ぎじゃないでしょうか?
こうして、本ベルが鳴ることもなく、いきなり始まったのでした。
『ラーツケラー』
オペラが終わると8時半くらいでした。それからラーツケラーという所に初めて行きました。ドイツでは町の中心に市役所(ラートハウス)があり、その地下(ケラー)には食堂があるのが一般的で、その町の名物料理などが手頃な感じで食べられるとガイドブックに載っていますが、地下っていうのが何か不気味な感じがして、今まで勇気がなくて入れなかったんです。でも、今回はミュンヘンでは絶対にラーツケラーに行こうと何故か決めていました。
バイエルン地方の名物、豚のスネ肉の料理を頼みました。かっこいい紳士的なおじちゃんがウェイターさんでした。とても美味しかったですが、もちろん全部は食べれませんでした!2、3人で行ってシェアするのが良いと思います。
日本でも市役所の地下には食堂があると思いますが、全然イメージが違います。日本のはあくまでも社員食堂、安いけどまずいよ〜って感じ。ドイツは、手軽なレストラン、安いけど美味くてお得だよ〜って感じ。
♪6/23 ミュンヘン郊外観光 を読む→
『ダッハウの収容所跡』
ユダヤ人強制収容所跡地です。ジリジリと暑い日だったので、余計に重苦しい気分になりました。「ARBEIT MACHT FREI=働けば自由になれる」って、嘘つくな〜って言いたいですね。
それにしても、ここでの展示もオーディオガイドも本当にメチャメチャ詳し過ぎる。それをいちいち丁寧に読んでいるドイツ人の勤勉さには感服します。
『BRAUSEBAD』
って、つまり毒ガス室です。
『焼却炉』
BRAUSEBADを抜けると、次の部屋には焼却炉が4台くらい。1台につき2〜3人の遺体が焼けるそうです。建物の構造が一連の流れ作業のようになっています。
『祈り』
これは記念碑ですが、この奥にこじんまりとした教会がありました。そこで、ちょうど昼の祈りをしていたようです。収容所に関係のあるものなのかよく分かりませんが。修道女たちが賛美歌を歌っていました。10人近くの人が一緒に歌っているのに、その声は完全に1本の線となっていて、澄んでいました。小さな教会なので、天井も高くはありませんが、美しい祈りの調べが柔らかい響きとなって満ちていました。
『ミュンヘン音大』
ダッハウから帰って来たのが予定より遅くなってしまったのと、既にかなり歩いて疲れていたのですが、アルテピナコテークには行きたいなと思い、頑張りました。ざざっと見ただけですが。
その割と近くにミュンヘン音大があります。昨日、友くんに地図の「この辺」を教えてもらったのを頼りに行ってみました。この階段は、映画「白バラの祈り」で主人公たちが通っていた大学の階段によく似ています。ドイツの大学(建物)って皆こんな感じの作りなんでしょうか??
休日ということもあり、あまり学生さんはいなくて、従って音もあまり聞こえず、シーンとして怖かったので、さっさと出て来てしまいました。
『掲示板』
雑多な紙がたくさん貼ってある掲示板などは、どこの国でも一緒ですね〜。休講の紙、アンサンブルパートナー、ルームメイト、アルバイトなどの募集、演奏会のチラシ等々。。。
『バイエルン国立歌劇場』
一度ホテルに戻って、スカートに着替えて、オペラを観に行きました。今回は、このオペラ1本だけしか観られなかったのは本当に残念です。ミュンヘンはこれから音楽祭シーズンになり、嵐の前の静けさで演目が少ないんです。
今日の演目は、モーツァルトのコジ・ファン・トゥッテ。今回も、代役が2人ほどいたようです。日本ではあまり代役というのはなくて、アンダー(控えの歌手)の人は、勉強してもまずチャンスがないから損っていうイメージがありますが、あちらでは、今まで何本か観たオペラも必ず代役の人がいるから、若手の人にも突発的なチャンスが回ってくる可能性が高いのかもしれません。
『バルコン席』
いつかバルコンに座ってみたいなあと思います。
『休憩中』
今回は、結構良い席でした。Parkettというのは訳すと平土間ですが、日本的に言うと一階席です。休憩中は扉が完全に閉められて、ホール内に残ってはいけないようです。5分前になるとベルが鳴り、係の人が再びドアを開けてくれて、中に入ることが出来ます。
『休憩中』
オケピットを写してみました。舞台上には、フィオルディリージとドラベッラが談笑中。ちょっとくつろぎ過ぎじゃないでしょうか?
こうして、本ベルが鳴ることもなく、いきなり始まったのでした。
『ラーツケラー』
オペラが終わると8時半くらいでした。それからラーツケラーという所に初めて行きました。ドイツでは町の中心に市役所(ラートハウス)があり、その地下(ケラー)には食堂があるのが一般的で、その町の名物料理などが手頃な感じで食べられるとガイドブックに載っていますが、地下っていうのが何か不気味な感じがして、今まで勇気がなくて入れなかったんです。でも、今回はミュンヘンでは絶対にラーツケラーに行こうと何故か決めていました。
バイエルン地方の名物、豚のスネ肉の料理を頼みました。かっこいい紳士的なおじちゃんがウェイターさんでした。とても美味しかったですが、もちろん全部は食べれませんでした!2、3人で行ってシェアするのが良いと思います。
日本でも市役所の地下には食堂があると思いますが、全然イメージが違います。日本のはあくまでも社員食堂、安いけどまずいよ〜って感じ。ドイツは、手軽なレストラン、安いけど美味くてお得だよ〜って感じ。
♪6/23 ミュンヘン郊外観光 を読む→
2008年ドイツ旅行−6 [ドイツ旅行記]
♪6/21 ミュンヘン観光
『ミュンヘンのホブフロイハウスにて』
留学中の友くんに会いました。久しぶりにお話し出来て楽しい時間でした。昨年、日本で会った時よりも痩せたみたい。。。
因に、「ホーフブロイハウス」って発音していましたよ。ミュンヘンに来たら、やっぱり白ソーセージでしょうってことで頼みました。もっと生臭いものを想像していたのですが、全然そんなことなくて、すごく美味しかったです。サイズはかなりデカい!ビールはWeissen Bierって言ったかな、ちょっと軽めのビールでした。それにしても、ドイツ人は本当に外でビールを飲むのが好きです。中庭は席が一杯であきらめようと思ったのですが、ちょうど席を譲ってくれる人がいて座ることが出来ました。
『懺悔』
友くんと別れたのは5時半くらい。まだまだ明るいのですが、この時間になってしまうと、美術館などは閉まってしまっているし、教会の塔にも昇れないので、結構やることがないんです。
フラウエンキルヘでは、晩祷(って言うんでしょうか?)が始まってしまっていて、観光客をシャットアウトしていたので、すぐ隣のマリエンキルヘに行きました。こちらの地下にはルードヴィヒらヴィッテルスバッハ代々の人たちが眠る墓があるらしいですが、やはりもう時間で閉まっていました。
懺悔ルームがたくさんあり、それぞれに「○○牧師、毎週○曜日、○時〜○時」という札が掛かっていて、たぶんお目当ての牧師さんに聞いていただくのでしょう。ここで待っているおじいさんは、順番待ちの人なのかな、と思いました。そして、私が写真なんぞを撮っているもんだから「何じゃ、この不謹慎者メが」みたいな顔でにらまれてしまいました。
『Lux aeterna』
一通り、教会の中を見学したら、ちょうど7時から晩祷が始まったので参加してみました 私は何故か、教会に入ると涙が出てくるのですが、この日も、全く理解出来ないお説教を聞いていても不思議と感動で一杯になり、天を仰ぐと(室内だから天は仰げませんが)教会の窓を通じて、光の筋が私たちの上を真横に走っていました。それは、本当に天からの光のようでした。
『R.シュトラウス生誕の地』
ミサを終わって外に出て来ても、まだまだ明るい。
マリヘンキルヘやフラウエンキルヘのある広場の周りにはたくさんのデパートがあるのですが、その中の一つの裏手に、R.シュトラウスがここで生まれたという看板があります。デパートの壁にですよ。そのR.シュトラウスを記念した音楽院がこの3月をもって閉校してしまったそうです。
この後、サイレンがなったので(ドイツのパトカーのサイレンはものすごく大きくて怖い)野次馬に行ってみたら、なんと飛び降り自殺の現場を目撃してしまいました。ちょうど救急車に載せられるところでした。警官は「目撃したか?」と話しかけてきましたが、もちろん「Nein!」です。
『大道芸』
色々な大道芸がありますが、結構すごいな、と思ったのは。
グランドピアノを台に乗せてあちらこちらに移動して・・・というのはさすがにビックリです。そのバイタイリティには感心しますが、ちょととピアノが可哀相。
♪6/22 ミュンヘン観光その2 を読む→
『ミュンヘンのホブフロイハウスにて』
留学中の友くんに会いました。久しぶりにお話し出来て楽しい時間でした。昨年、日本で会った時よりも痩せたみたい。。。
因に、「ホーフブロイハウス」って発音していましたよ。ミュンヘンに来たら、やっぱり白ソーセージでしょうってことで頼みました。もっと生臭いものを想像していたのですが、全然そんなことなくて、すごく美味しかったです。サイズはかなりデカい!ビールはWeissen Bierって言ったかな、ちょっと軽めのビールでした。それにしても、ドイツ人は本当に外でビールを飲むのが好きです。中庭は席が一杯であきらめようと思ったのですが、ちょうど席を譲ってくれる人がいて座ることが出来ました。
『懺悔』
友くんと別れたのは5時半くらい。まだまだ明るいのですが、この時間になってしまうと、美術館などは閉まってしまっているし、教会の塔にも昇れないので、結構やることがないんです。
フラウエンキルヘでは、晩祷(って言うんでしょうか?)が始まってしまっていて、観光客をシャットアウトしていたので、すぐ隣のマリエンキルヘに行きました。こちらの地下にはルードヴィヒらヴィッテルスバッハ代々の人たちが眠る墓があるらしいですが、やはりもう時間で閉まっていました。
懺悔ルームがたくさんあり、それぞれに「○○牧師、毎週○曜日、○時〜○時」という札が掛かっていて、たぶんお目当ての牧師さんに聞いていただくのでしょう。ここで待っているおじいさんは、順番待ちの人なのかな、と思いました。そして、私が写真なんぞを撮っているもんだから「何じゃ、この不謹慎者メが」みたいな顔でにらまれてしまいました。
『Lux aeterna』
一通り、教会の中を見学したら、ちょうど7時から晩祷が始まったので参加してみました 私は何故か、教会に入ると涙が出てくるのですが、この日も、全く理解出来ないお説教を聞いていても不思議と感動で一杯になり、天を仰ぐと(室内だから天は仰げませんが)教会の窓を通じて、光の筋が私たちの上を真横に走っていました。それは、本当に天からの光のようでした。
『R.シュトラウス生誕の地』
ミサを終わって外に出て来ても、まだまだ明るい。
マリヘンキルヘやフラウエンキルヘのある広場の周りにはたくさんのデパートがあるのですが、その中の一つの裏手に、R.シュトラウスがここで生まれたという看板があります。デパートの壁にですよ。そのR.シュトラウスを記念した音楽院がこの3月をもって閉校してしまったそうです。
この後、サイレンがなったので(ドイツのパトカーのサイレンはものすごく大きくて怖い)野次馬に行ってみたら、なんと飛び降り自殺の現場を目撃してしまいました。ちょうど救急車に載せられるところでした。警官は「目撃したか?」と話しかけてきましたが、もちろん「Nein!」です。
『大道芸』
色々な大道芸がありますが、結構すごいな、と思ったのは。
グランドピアノを台に乗せてあちらこちらに移動して・・・というのはさすがにビックリです。そのバイタイリティには感心しますが、ちょととピアノが可哀相。
♪6/22 ミュンヘン観光その2 を読む→
2008年ドイツ旅行−5 [ドイツ旅行記]
♪6/20 バーデンバーデン観光
『カジノへ!』
午前中は、カジノの見学ツアーに参加しました。
毎度、思うことですが、チケットを売るだけ売っておいて、何時にどこどこに集合とかいう、案内や看板は一切ないっ。。ここで待っていて良いのやら不安になるじゃないか!!
『カジノ』
夜はもちろん正装しないと入れないです。マリアテレジアの肖像画が掛かってたり。
ルーレット、ポーカー、あと何だっけ?ゲーム毎に色々な台がある。カジノで遊べるような身分になりたいもんです。
自然がいっぱいで、とても素敵な保養地なんですが、サッカーの試合があったからか、夜遅くまでずっと騒いでいる若者がいて、眠れなかったのが玉にキズ。夜遅く、どころか大体3時か4時まで騒いでいました。
『Zitoronensorbe』
バーデンバーデン最古のカフェに入りました。Zitoronensorbeはレモンシャーベット、綺麗で涼しげですね。口に入れたら苦かったので、うえ〜っと思って、もう一度良くメニューを見たら、Sektと書いてありました。つまりスパークリングワイン入り。
ドイツに言ったらSpargelを食べたいもんなのに、もう時期を逸してしまったらしく、どこの店にも置いていませんでした(T_T)唯一、このカフェにだけ置いてありましたが、まだ食事をするつもりではなかったので、あきらめることに。。。結局、最後までSpargelは食べずじまいに。
『ブラームスハウス』
ブラームスが住んだ家として残っているのは、南の方ではここだけだそうです。バーデンバーデンの町外れにあり、バスで行けばすぐなんでしょうが、私は歩いて行きました。普通に歩いて40分くらい。私は最後に迷ったので、1時間くらいかかりました。ドイツ人って足が長いのか、歩くのが速いのか、彼らの「すぐそこ」を信用してはいけません。10分って言われたら20分と思いましょう。。。
『ブラームスハウス』
ピンポンすると中から気さくな人の良さそうなおばちゃんが出て来て2階へ。
ブラームスが32歳くらい(?)の時から6年間夏の間だけ住んだこと、この居間の家具は誕生日のプレゼント、近くにクララの家があること、など手短に、英語で説明してくれた。どうぞごゆっくり〜と言われたけれど、そんなにごゆっくり出来るほどのものは展示されていない。。。でも、一枚一枚の写真などじっくり眺めて約1時間ほどいました。
『寝室/居間』
写真を撮ってはいけない、と書いてありましたが、撮っちゃいました!
寝室は意外と小さい部屋で、予想通り質素です。
芳名帳(?)を見ると、日本人の人が多く訪れていることが分かりました。そして、皆、私と同じように迷っていることも分かって、ほっ。
『寝室からの眺め』
本当に静かで緑が深くて空気が澄んでいて心が落ち着く眺めです。現代でさえそうなのだから、当時はもっと素晴らしかったでしょう。ここで、田園シンフォニーと言われる第2番が作曲されたのですね。
『クララの家』
ブラームスハウスのおばちゃんに教えてもらって、クララの家も行ってみました。と言っても、さっき通り過ぎた所でした。途中で売店のおじさんに聞いたら「Gelbes Haus(黄色い家)」って言ってたけど、これって黄色でしょうか???
現在も普通に人が住んでいるため、公開はされていません。表札(?)を見ると、各階ごとに違う人が住んでいるようでした。裏側に回って写真を撮り、そのまま、裏道を通って、バーデンバーデンの町中まで帰ることにしました。
普通に馬と散歩したり戯れたりしている家族らしき人たちがたくさんいて、「今日って平日よね???」と思いながら見ていました。緑豊かで風も爽やか。どこかの歌の歌詞にでもありそうな。。。ゆったりとした時間が流れていて、ここに1週間くらいはいたいなあと思いました。
『バラ園?』
相変わらずの「地図ナシ」の旅なので、町の中心まであとどれくらいなのか、とか全然分かりませんが、途中でバラ園みたいなところがあったので、ちょっとベンチで休憩。もう少しお花が綺麗に咲き誇っていたら、来年の年賀状に・・・って思いましたが、残念なことにそれほど綺麗ではない。
ブラームスハウスに行く前に、昨日ケルンからのICEで一緒の車両だったおばちゃんが、新聞を読んでいるのを見かけたのですが、帰り道でもまたバッタリと会ってしまいました。。。そして、なんと、明日の朝、駅でもまた会うことになるのですが。。。おばちゃんは、アムステルダムに行くそうです。
♪6/21 ミュンヘン観光 を読む→
『カジノへ!』
午前中は、カジノの見学ツアーに参加しました。
毎度、思うことですが、チケットを売るだけ売っておいて、何時にどこどこに集合とかいう、案内や看板は一切ないっ。。ここで待っていて良いのやら不安になるじゃないか!!
『カジノ』
夜はもちろん正装しないと入れないです。マリアテレジアの肖像画が掛かってたり。
ルーレット、ポーカー、あと何だっけ?ゲーム毎に色々な台がある。カジノで遊べるような身分になりたいもんです。
自然がいっぱいで、とても素敵な保養地なんですが、サッカーの試合があったからか、夜遅くまでずっと騒いでいる若者がいて、眠れなかったのが玉にキズ。夜遅く、どころか大体3時か4時まで騒いでいました。
『Zitoronensorbe』
バーデンバーデン最古のカフェに入りました。Zitoronensorbeはレモンシャーベット、綺麗で涼しげですね。口に入れたら苦かったので、うえ〜っと思って、もう一度良くメニューを見たら、Sektと書いてありました。つまりスパークリングワイン入り。
ドイツに言ったらSpargelを食べたいもんなのに、もう時期を逸してしまったらしく、どこの店にも置いていませんでした(T_T)唯一、このカフェにだけ置いてありましたが、まだ食事をするつもりではなかったので、あきらめることに。。。結局、最後までSpargelは食べずじまいに。
『ブラームスハウス』
ブラームスが住んだ家として残っているのは、南の方ではここだけだそうです。バーデンバーデンの町外れにあり、バスで行けばすぐなんでしょうが、私は歩いて行きました。普通に歩いて40分くらい。私は最後に迷ったので、1時間くらいかかりました。ドイツ人って足が長いのか、歩くのが速いのか、彼らの「すぐそこ」を信用してはいけません。10分って言われたら20分と思いましょう。。。
『ブラームスハウス』
ピンポンすると中から気さくな人の良さそうなおばちゃんが出て来て2階へ。
ブラームスが32歳くらい(?)の時から6年間夏の間だけ住んだこと、この居間の家具は誕生日のプレゼント、近くにクララの家があること、など手短に、英語で説明してくれた。どうぞごゆっくり〜と言われたけれど、そんなにごゆっくり出来るほどのものは展示されていない。。。でも、一枚一枚の写真などじっくり眺めて約1時間ほどいました。
『寝室/居間』
写真を撮ってはいけない、と書いてありましたが、撮っちゃいました!
寝室は意外と小さい部屋で、予想通り質素です。
芳名帳(?)を見ると、日本人の人が多く訪れていることが分かりました。そして、皆、私と同じように迷っていることも分かって、ほっ。
『寝室からの眺め』
本当に静かで緑が深くて空気が澄んでいて心が落ち着く眺めです。現代でさえそうなのだから、当時はもっと素晴らしかったでしょう。ここで、田園シンフォニーと言われる第2番が作曲されたのですね。
『クララの家』
ブラームスハウスのおばちゃんに教えてもらって、クララの家も行ってみました。と言っても、さっき通り過ぎた所でした。途中で売店のおじさんに聞いたら「Gelbes Haus(黄色い家)」って言ってたけど、これって黄色でしょうか???
現在も普通に人が住んでいるため、公開はされていません。表札(?)を見ると、各階ごとに違う人が住んでいるようでした。裏側に回って写真を撮り、そのまま、裏道を通って、バーデンバーデンの町中まで帰ることにしました。
普通に馬と散歩したり戯れたりしている家族らしき人たちがたくさんいて、「今日って平日よね???」と思いながら見ていました。緑豊かで風も爽やか。どこかの歌の歌詞にでもありそうな。。。ゆったりとした時間が流れていて、ここに1週間くらいはいたいなあと思いました。
『バラ園?』
相変わらずの「地図ナシ」の旅なので、町の中心まであとどれくらいなのか、とか全然分かりませんが、途中でバラ園みたいなところがあったので、ちょっとベンチで休憩。もう少しお花が綺麗に咲き誇っていたら、来年の年賀状に・・・って思いましたが、残念なことにそれほど綺麗ではない。
ブラームスハウスに行く前に、昨日ケルンからのICEで一緒の車両だったおばちゃんが、新聞を読んでいるのを見かけたのですが、帰り道でもまたバッタリと会ってしまいました。。。そして、なんと、明日の朝、駅でもまた会うことになるのですが。。。おばちゃんは、アムステルダムに行くそうです。
♪6/21 ミュンヘン観光 を読む→
2008年ドイツ旅行−4 [ドイツ旅行記]
♪6/19 ケルン→バーデンバーデン
『ドムの南塔から』
またまた一夜明けて、いよいよケルンを離れる日です。
その前に、ケルンはかなり北に位置するので、この時期、かなり白夜に近いです。10時くらいだとまだまだ明るくて11時くらいになるとようやく暗くなってきます。
さて、私は高所大好き症ってわけでもないですが、取り敢えず塔があったら登りたい、ということで、ドムの南塔に登りました。上からの眺めはやはり最高です!汗もかいているし、風が気持ちよいです!!日本人の夫婦が来ていました。
『ドムの前にて』
絵を描いている人。大道芸と同じで、帽子が置いてある。通勤のおじさんがスニッカーズみたいなのを差し入れていました。
『チャーリーのチョコレート工場』???
ではありません。。。
ケルン駅からライン川沿いに約15分くらいの所にある、チョコレート博物館です。展示もされているけど、普通に工場として機能しているようです。
子供たちの遠足みたいなグループがたくさん来ていてとても混んでいました。ドイツでは博物館、美術館とか行ってもほとんど空いているので、こんなに混雑しているのは珍しいです。
『デカッ!』
そして、ドイツに来て初めての「お茶」をしました。せっかくチョコレート工場に来たのだから、チョコレートケーキを注文しました。その大きさに超びっくりです!
お昼時になってきたので、パスタとかサラダとか注文する人も増えてきました。その量もとにかくデカッ!!!そして、ウェイターさんが、持ってくる時に「○○を頼んだ人は誰ですか〜っ???」みたいにこれまたデカい声で叫んでいるのです。日本だったら絶対に許されないな。
午後2時ころのICEでバーデンバーデンに向かう。
バーデンバーデンは高級温泉保養地。モーツァルトを初めとして著名な音楽家たちもかつて保養に訪れた。今回、私がここをケルン〜ミュンヘンの経由地として選んだ理由は、ブラームスが夏の住まいとして6年間を過ごした地だから。その家を訪れるのは、明日に譲るとして、今日はまず温泉に。。。。
日本の温泉と違い、プールのような温度。「カラカラテルメ」は水着着用ですが、私は「フリードリヒ浴場」へ。裸!です。
♪6/20 バーデンバーデン観光 を読む→
『ドムの南塔から』
またまた一夜明けて、いよいよケルンを離れる日です。
その前に、ケルンはかなり北に位置するので、この時期、かなり白夜に近いです。10時くらいだとまだまだ明るくて11時くらいになるとようやく暗くなってきます。
さて、私は高所大好き症ってわけでもないですが、取り敢えず塔があったら登りたい、ということで、ドムの南塔に登りました。上からの眺めはやはり最高です!汗もかいているし、風が気持ちよいです!!日本人の夫婦が来ていました。
『ドムの前にて』
絵を描いている人。大道芸と同じで、帽子が置いてある。通勤のおじさんがスニッカーズみたいなのを差し入れていました。
『チャーリーのチョコレート工場』???
ではありません。。。
ケルン駅からライン川沿いに約15分くらいの所にある、チョコレート博物館です。展示もされているけど、普通に工場として機能しているようです。
子供たちの遠足みたいなグループがたくさん来ていてとても混んでいました。ドイツでは博物館、美術館とか行ってもほとんど空いているので、こんなに混雑しているのは珍しいです。
『デカッ!』
そして、ドイツに来て初めての「お茶」をしました。せっかくチョコレート工場に来たのだから、チョコレートケーキを注文しました。その大きさに超びっくりです!
お昼時になってきたので、パスタとかサラダとか注文する人も増えてきました。その量もとにかくデカッ!!!そして、ウェイターさんが、持ってくる時に「○○を頼んだ人は誰ですか〜っ???」みたいにこれまたデカい声で叫んでいるのです。日本だったら絶対に許されないな。
午後2時ころのICEでバーデンバーデンに向かう。
バーデンバーデンは高級温泉保養地。モーツァルトを初めとして著名な音楽家たちもかつて保養に訪れた。今回、私がここをケルン〜ミュンヘンの経由地として選んだ理由は、ブラームスが夏の住まいとして6年間を過ごした地だから。その家を訪れるのは、明日に譲るとして、今日はまず温泉に。。。。
日本の温泉と違い、プールのような温度。「カラカラテルメ」は水着着用ですが、私は「フリードリヒ浴場」へ。裸!です。
♪6/20 バーデンバーデン観光 を読む→
2008年ドイツ旅行−3 [ドイツ旅行記]
♪6/18 ボン観光
『ボンの英雄、ベートーヴェン』
翌日はボンに行きました。
ちなみに、ケルンをはさんでデュッセルまでは30分、ボンまでは20分です。
駅からまっすぐの道を5分程歩くと、広場に出て、ベートーヴェンの銅像があります。後ろに写っている黄色い建物は今は郵便局ですが、昔は領主の屋敷で、この銅像が出来た時に「ご覧下さい、ベートーヴェンがあなた様のお屋敷に尻を向けて建っております。ヤツは生きている時から無礼なヤツでありました。」という逸話が残っています。
『教会の中庭』
広場に面して立っている教会の中庭。
サウンド・オブ・ミュージックの最後の方で、トラップ一家が逃亡する前に修道院で追手から隠れているシーンを思い出しました。
『ベートーヴェンのお母さんのお墓』
ボンの駅から西の方へ5〜10分程歩いた所にあるアルターホフという墓地。入口に簡単な地図が出ているので、それを見て目的の墓の大体の位置を検討をつけて探すんだけど、なかなか見つかりません。このお墓も一度は通り過ぎたけど、もう一度戻ってみた時に、ふっと目が行って、よく読んだらそうでした。
『シューマン夫妻の墓』
そしてもう一つの目的。シューマン夫妻の墓です。
ロベルトは精神の病に冒されて若くして亡くなり、残されたクララは多くの子供を抱えて苦労しましたが、天国では音楽の天使に囲まれて2人幸せに暮らしているでしょう。。。。っていう感じのお墓ですね。
『シューマンハウス』
こちらのシューマンハウスは内容としては大したことない。たぶん何かの事務所になっているみたいでした。
シューマンがサナトリウムに入れられていた時の家です。ボンの駅からバスで15分くらいです。途中にハイドン通り、モーツァルト通りなどがあって面白かったです。
バス停を降りてとっても細い路地を上がればすぐだったのに、ぐる〜っと回ってしまったので、延々と歩いてしまいました。
♪6/19 ケルン→バーデンバーデン を読む→
『ボンの英雄、ベートーヴェン』
翌日はボンに行きました。
ちなみに、ケルンをはさんでデュッセルまでは30分、ボンまでは20分です。
駅からまっすぐの道を5分程歩くと、広場に出て、ベートーヴェンの銅像があります。後ろに写っている黄色い建物は今は郵便局ですが、昔は領主の屋敷で、この銅像が出来た時に「ご覧下さい、ベートーヴェンがあなた様のお屋敷に尻を向けて建っております。ヤツは生きている時から無礼なヤツでありました。」という逸話が残っています。
『教会の中庭』
広場に面して立っている教会の中庭。
サウンド・オブ・ミュージックの最後の方で、トラップ一家が逃亡する前に修道院で追手から隠れているシーンを思い出しました。
『ベートーヴェンのお母さんのお墓』
ボンの駅から西の方へ5〜10分程歩いた所にあるアルターホフという墓地。入口に簡単な地図が出ているので、それを見て目的の墓の大体の位置を検討をつけて探すんだけど、なかなか見つかりません。このお墓も一度は通り過ぎたけど、もう一度戻ってみた時に、ふっと目が行って、よく読んだらそうでした。
『シューマン夫妻の墓』
そしてもう一つの目的。シューマン夫妻の墓です。
ロベルトは精神の病に冒されて若くして亡くなり、残されたクララは多くの子供を抱えて苦労しましたが、天国では音楽の天使に囲まれて2人幸せに暮らしているでしょう。。。。っていう感じのお墓ですね。
『シューマンハウス』
こちらのシューマンハウスは内容としては大したことない。たぶん何かの事務所になっているみたいでした。
シューマンがサナトリウムに入れられていた時の家です。ボンの駅からバスで15分くらいです。途中にハイドン通り、モーツァルト通りなどがあって面白かったです。
バス停を降りてとっても細い路地を上がればすぐだったのに、ぐる〜っと回ってしまったので、延々と歩いてしまいました。
♪6/19 ケルン→バーデンバーデン を読む→