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2006年ドイツ旅行−4 [ドイツ旅行記]

*3月30日(木)ベルリン第3日

06033014.P3300035.jpg午前中にポツダムへ行きました。あの「ポツダム宣言」で有名な所です。ベルリンから約30分ほど列車に乗ります。旅行中はだいたい、傘を出したりしまったりの繰り返しだったのですが、残念なことに、今日はほぼ1日中雨が降っていて、とても寒い1日でした。写真もぼんやりとして、あまり良く撮れていません。




06033013.P3300032.jpg06033013.P3300034.jpgポツダムというのは街の名前で、その中に『サン・スーシ宮殿』とか『新宮殿』とか、いくつかの建物や庭園があるのです。もちろん、全部なんて無理ですが、ベルサイユやシェーンブルンに比べたら、やはり華やかさに欠けます。

写真には撮れませんでしたが、『新宮殿』の中の、貝殻や大理石で出来た間がきらびやかで素晴らしかったです














06033013.P3300033.jpg不思議な小屋か、監視塔諷の建物(木製)。何のための物でしょう???どこにも開口部がありません。














06033012.P3300030.jpg06033012.P3300029.jpg←本日の昼食

写真の縦横を間違えているわけではありません。このように縦長に盛り付けられて出て来たのです。一応、魚のフライとじゃかいもとサラダ。










量がとにかく多い!
脂っこい!!








06033016.P3300036.jpg夜はドイチェオパーで『タンホイザー』を観ました。

その前に腹ごしらえ。セルフサービスで好きなものを取り、最後にレジで会計をするというスタイルのお店でした。クリームが一杯の飲み物は一応コーヒーです。コーヒーの種類が豊富すぎて、名前だけではイメージが全く分からないので、こんな甘ったるいものを飲むはめになってしまいました。 昼食の時もそうですが、「写真を撮る」習慣がないので、つい食べ始めてしまいます。半分くらい食べてから思い出して慌てて撮る、って感じなので、「食べかけ写真」になってしまっています(^^:

06033019.P3300037.jpg指揮者がなんと「大野和士」さんに変更になっていました。
大野さんはドイチェオパー初登板のようです。歌い手の勝手な「歌い過ぎ」を許さず、サクサクしたテンポで行きたがっているのか、少し、アンサンブルに乱れがありました。有名な「歌の殿堂を称えよう」の合唱などかなり危うかったです。
本場のドイツ語歌唱ですが、ちゃんと「ドイツ語で」字幕が出るので、耳と目と両方使って、ほぼ理解できました。

一日の疲れがどっと出て、半分は寝ていました。昨日のウンターデンリンデンと違い、客席は99%埋まっていたので、前の方に移動することなど不可能でした。(今日は、安い席だったのに・・)

06033023.P3300040.jpg長い長いオペラ。帰りはなんとか日付けの変わる前に。日本と違って、夜は街のほとんどは寝静まっています。起きていたとしても照明が暗いので、外にはあまり明かりがもれません。
シャッターの閉まっている店に混じって、夜中もウィンドウを照らしている店もあります。「ティファニーで朝食を」のワンシーンのような感じがして思わずシャッターを切りました。(国は違いますが)

*3月31日(金)ベルリン→ライプツィヒへ を読む→

2006年ドイツ旅行−3 [ドイツ旅行記]

*3月29日(水)ベルリン第2日

今日は午前中「くるみ」さんと一緒に、ベヒシュタインを訪ねました。ベヒシュタインはベルリンに本社があるピアノメーカー。私が家で弾いているピアノです。そこのマイスター(技術部門の最高責任者であり、工場長だそうです)は、なんと日本人なんですが、彼は、ちょうど行われている「第1回ベヒシュタイン国際ピアノコンクール」のため、エッセンに出張中で不在でした。ベルリンに着いてマイスター(山内さんと言います)に電話したら『メッセに行っています』と言われたのですが、「メッセ」ではなく「エッセン」の間違いでした。フランクフルトでは楽器メッセが行われていたので、すっかり「メッセ」と思い込んでいました。ドイツ語どころか、日本語の聞き取りも怪しい私。。。

06040704.P4070107.jpgせっかくイケメンのおにいちゃんに案内してもらい、(もちろんドイツ語。2/3位しか分からなかった)最新のグランドピアノ(フリューゲルと言います)を弾いたのに、そういう写真は1枚もありません。トホホ。元来、写真嫌いなので、すぐに撮り忘れてしまい後悔するのです。
お土産に、ベヒシュタイン製造のDVDとジョルジェ・ボレのCDをいただきました。バッグはカタログが入っていたもの。楽譜を入れて持ち歩くのにちょうど良いのでお気に入り!

ベヒシュタインを出てから、楽譜屋さんにも行きました。探していた楽譜はチャイコフスキーの序曲1812年のピアノソロ用編曲版とオルフのカルミナブラーナの旧版ですが、残念ながらありませんでした。ドイツの子供たち用の教材はとてもカラフルで可愛らしく、目を奪われてしまいます。どれもこれも欲しくなってしまいますが、キリがないのであきらめです。カルミナの楽譜は既に絶版になっているものなので、中古屋さんの方があるんじゃないか、と行ってみましたが、やはりありませんでした。

06032915.P3290022.jpg午後は、美術館に行きました。美術館と言ってもいわゆる「博物館島」にあるようなメジャーどころではなく、レアター駅近くにある、『ハンブルクボーンホフ美術館』です。ベルリンなのに、なぜかハンブルクの旧駅舎を移設したとか。
(お約束ですが、たどり着くまでに道をまちがえました。)




06032915.P3290021.jpg06032915.P3290020.jpg06032915.P3290019.jpg美術館の展示とはたいてい意味不明と相場が決まっているものです。私にはとんと理解不能。


































06032914.jpg06032914.P3290016.jpgベルリンには現在ハウプトバーンホフ(中央駅)がありません。なので、レアターバーンホフが未来のハウプトバーンホフとして工事中。工事の規模もいちいちデカイ!!




















06032917.P3290023.jpg夜はオペラに行く予定だったので、余った時間はウィンドウショッピングなど。ベルリンではかなり日程に余裕を持っていたので、「やりたいことはすべてやった」という感じです。

←は『ラファイエット』というデパートの吹き抜け部分。お洒落な感じが伝わっていますでしょ?










06032918.P3290024.jpg←はその地下にあったカフェ。朝から相当な距離を歩いたし、とても疲れていたので休憩。生演奏をしていたのですが、それは写真に撮るとチップを取られそうなので止めました。ちなみにKAWAIのピアノでした。
時間もたっぷりあったので、1時間くらい休みました。それでも、数組いた他のお客さんはもっと長居でした。どうして、ドイツの人ってそんなに暇なのから???




023.jpg夜は国立歌劇場(ウンターデンリンデン)にてモーツァルトの『コジファントゥッテ』を観ました。
超メジャーな演目ですが、演出はかなり現代風。私には斬新すぎて付いていけませんでしたが。

←は昨年のフュールングの時の写真です。ちょうどガイドの人が立っている辺りに座りました。Erster Rangと言います。つまり1階席。日本の1階に当たる席はParkett、平土間と言います。

実は、チケットがだぶってしまって困っていたのです。ちょいと奮発して良い席を取ったので1枚80ユーロ。無駄にするには惜しい金額です。
それで。。。当日券を買うために並んでいるお客さんに話かけ、何とか50ユーロでさばきました。10人程に声をかけたでしょうか。

その中にガイゲ(=ヴァイオリン)を学んでいる学生という人がいました。やっと売れたので中に入って席に着くと、「チケットは売れましたか?」と聞いて来ました。その後、私の横がちょうど2つ空いていたので移って来て、「何故バレンボイムじゃないんだ?」と話し掛けて来たり。「あなたのドイツ語は素晴らしい」とかお世辞を言ったり。
なんだか陽気な人でしたが、休憩後はどこか他の席に行った様でした。皆さん、安い席を買って入り、空いている前の方の席に移るのが「手」のようです。


06032921.P3290027.jpgベルリンのコーミッシュオーパーで研修中の指揮者の松岡究先生と奥様でソプラノ歌手の松尾佳世子さん。
当日券で並んでいる人に声をかければきっと売れると教えてくれたのは、実は松岡先生。

*3月30日(木)ベルリン第3日 を読む→

2006年ドイツ旅行−2 [ドイツ旅行記]

*3月28日(火)ベルリン第1日

06032808.P3280002.jpg←シェーンホイザーアリー(美しい家々の通りという意)駅徒歩1分の教会

ホテル暮らしではないので、朝食を調達するところから1日が始まります。日本との大きな違いはコンビニや自動販売機がないことです。ですから、ジュース1本買うのも商店に行かねばなりませんが、10時前でも開いているお店はいっぱいあるので、苦労はしません。お散歩しながら結構遠くまで行きました。

06032811.P3280004.jpg整然と路駐されている車。でも渋滞の原因にはならないらしい。広いせいかな。












06032812.P3280006.jpgベルリンと言えば『壁(Mauer)』です。Sバーン(山手線みたいな環状線)に乗り、イーストサイドギャラリーというところに行きました。

←こちらは西側から見た壁






06032812.P3280005.jpg←かつての壁の残骸の隙間から、旧西側をのぞく。
この写真ではあまり分からないけど、シュプール川沿いです。










06032814.P3280007.jpg《ベルリン大聖堂》

昨年は日曜礼拝のため、見学できませんでした。
ガイドツアーというチケットを買ったのに、いつ始まるのやら、どこにいれば良いのやら、説明は全くなく、そういう不親切なところが全くイヤになっちゃいます。説明はほとんど理解不能でした(T_T)





06032815.P3280011.jpgドムのKuppe(丸い頂き=てっぺん)に上がる階段。アルプスの少女ハイジで、教会の塔に上がるシーンに出てくる階段とイメージがそっくり!














Kuppeからの眺め。
06032815.P3280009.jpgドムの屋根












06032815.P3280010.jpgテレビ塔













06032815.P3280008.jpg遠くに国立歌劇場












午後は、プランツラウアーベルクをひたすら歩いて、色々な小さなお店を探検しました。昨年フィガロという雑誌にちょうどベルリン特集があり、そこで、この辺りを詳しく紹介していました。でも、想像していた以上にお店が小さいことが多く、「これでよく商売が成り立っているなあ・・・」というのが正直な感想。

06032816.P3280012.jpg06040704.P4070115.jpg
↑雑誌でも取り上げられていた「ハッケシャーホフ」
昨年は時間がなくて行けなかったので、今年は絶対!
でも実は地図が間違っていたので、迷いに迷ってやっと見つけたのです。ドイツに行ったら(たぶんドイツじゃなくても)みなさん、地図ではなくて住所を頼りに歩きましょう。。。あちらの住所表示は素晴らしいです!!○○通りの××番。通りの名前さえ分かれば迷うことはありません。


06032808.P3280003.jpg〈ホフとは・・・〉

あまり聞き慣れない言葉ですが、「中庭」のことです。
ドイツでは、通りに面してびっちりと4~5階建てくらいの建物が建っていて、一戸建てのおうちはほとんどありません。で、庭はどこにあるかと言うと、建物に囲まれた真ん中に、つまり「中庭」があるのです。その建物(つまりアパートと言うかマンションと言うか、何と言うのでしょう??)の人たち全体の共通の庭です。

06032817.P3280014.jpgこの辺り(プランツラウアーベルク地区)はベルリンの中でも一番人気の地区で、ヨーロッパの中でも子供の多い地区だそうです。
どこへ行っても空いているベルリンでしたが、ここにはすごい行列が。。。アイスクリーム屋さんです。

*3月29日(水)ベルリン第2日 を読む→


2006年ドイツ旅行−1 [ドイツ旅行記]

*3月27日(月)成田~ベルリン
06032709.P3270001.jpgいよいよ出発の時がやってきました。ウキウキ。お天気もよろしい。吃驚したことに、京成日暮里の駅のホームでドイツ語のクラスが一緒だった、北沢さんにお会いした。彼は既に某大学で教鞭をとっている哲学の先生だが、この4月からミュンヘンの大学に1年間の研修でご家族を伴って渡独される。その事は知っていたけれど、出発の日まで一緒とは・・・。私は今回KLMオランダ航空を利用するのでマイナーな第1ターミナルに到着。まだまだ時間があるので、「展望デッキ」というところに行ってみた。 道中は某旅行会社の添乗員の女性が隣り合わせた。親切そうな人で、旅行中にあった泥棒の話しなどをいくつかされて、「お一人ですから気をつけて下さい」なんて言われた。ドイツと言えども気を抜いてはダメだと、改めて思う。アムステルダムで乗り継ぎだが、その時に、とても風が強くて小柄な私は(!!)吹き飛ばされそうに本気でなりました。そして、飛行機も吹き飛ばされそうな小さな飛行機で、これで国を超えて行くのか・・・と何だか心配になりました。(この心配が10日後に現実のものになるんですが、それはまた後ほど)

今回はベルリンではお知り合いのお嬢さん(くるみさん)の家にご厄介になります。3人でシェアして住んでいるのですが、その内のお1人がちょうど留守ということで、そのお部屋を使わせてもらうのです。「シェア」っていう感覚は我々にはよく分かりませんね。それから、あちらの人の住居、生活ってどうなっているのか、知る良いチャンスです。

*3月28日(火)ベルリン第1日 を読む→

2005年ドイツ旅行−9 [ドイツ旅行記]

<4/12~13>ベルリン~成田および後日談

 いよいよ日本へ帰る日が来た。夕べは途中でうたた寝をしてしまったので再び起きて支度をして寝たのは2時くらいだったかな。朝食会場が6:00開始なので開くのを待って最後のご飯を食べる。そこでとてもびっくりな光景を目撃。ドイツ人がコーヒーに砂糖を5秒間!入れていた。(しかも男性!)50gは入ってただろう。いくら甘い物好きのドイツ人とは言え、あれじゃ糖尿病にならない方が不思議。第一コーヒーの味はするんだろうか?

 テーゲル空港は成田やチューリヒに比べ、こじんまりとしている。まだ50オイロくらい残っていたので、もう少しお土産を買った。母に(たぶん私が使うことになるだろう)ネックレスを買った。スワロフスキーの石を使っているらしい、とても綺麗。

 お土産も買ってしまうと後は何もやることがなくなって、早くも搭乗ゲートに進むがここでは搭乗ゲートごとにチケットを見せて入るし、中に入ったら他のゲートには行けないしくみになっているので間違えることはない。ところで、ゲートに入る時に「ここでは航空券のみ見せれば良い」と書いてあったのにパスポートを見せるように言われた。今思えばあれが出国検査だったんだね。ずいぶん簡単に検査が済んでしまった。

 飛行機はまずチューリヒへ。チューリヒまでは1時間半程だが、寝不足の私はぐっすり。でもここで寝てしまったのでチューリヒから成田までの長~い時間は眠れなくなってしまったんだけどね。帰りはしっかり通路側の席を確保。立ったり座ったり自由に出来たので少しはましでした。十何時間後、ようやく成田に到着。雨が降っていたせいもあるけれど、もっと緯度の高い地方からやって来たにも拘らず、成田が一番寒かった。チャンチャン。

 そんなこんなで珍道中は心配していたようなトラブルも何もなく(?)いたって健康、無事に終わった。こんな簡単なことならどうしてもっと早くに経験してみなかったんだろうと、それだけが悔やまれるが、第2弾、第3弾も計画しようと心が弾む。たかだか10日間に満たない旅行でも他国を歩き異文化を体験するのは貴重なことだと思った。

bucher.jpg 帰って来てから熊谷徹というミュンヘンに14年間在住しているフリージャーナリストが書いた「住まなきゃわからないドイツ」と「びっくり先進国ドイツ」っていう本を読んだら、旅行中漠然を感じていたことが実際その通りだったんだってことが分かったりして、自分の観察眼っていうか感性が間違ってなかったって確認出来た。

 日中関係が悪化していてデモとかが起きているけれども、やはり日本人の認識は少し甘いのかもしれないと思った。日本人どうしでは「水に流す」とか「時間が解決する」とかいうのは普通の感覚だが、それは日本が単一民族国家だということに深い関係があるのだなと改めて思う。様々な民族や宗教の人たちが渾然一体となって住んでいる中で、その人たちと理解し合ってうまくやっていくためにはきちんとコミュニケーションを取らなくてはいけない。

05051022.P5100002.jpg それから、あちらでセサミストリートをやっていて、とても面白かったしドイツ語の勉強には最も適しているんじゃないかと思った。DVDを1本だけ買って来たが、これがまた面白かった。残りの8タイトルを(日本にいながらにして)探すのは大変だったが、ようやくドイツ版アマゾンで注文出来た。4月29日に注文んした品が5月4日にはもう着いてしまった!恐るべし、ドイチェポストである。
 やはり欲しいと強く思う気持ちが大切なんだなと思ってしまった。まだ他に欲しい物もあるけど今のところ探す当ては見つかってない。がたぶん近い将来その方法が見つかるか、またドイツに行くことがあるだろう。

2005年ドイツ旅行−8 [ドイツ旅行記]

<4/11>ベルリン第三日

 今日は10:00にベルリンのベヒシュタイン本社にて山内マイスターと会うアポを取っている。その前に、「明日の帰国に備えてアレキサンダーPrzから出ているはずのテーゲル空港行きのバス停をチェックすること」「公衆電話から国際電話をかける」の2つはやっておかねばならない。時差の関係で朝のうちに電話しておかないと、かけ損なう確率が高くなる。

 さて、ガイドブックに書かれている手順に従って(それほど複雑ではない)かけてみるが何度やっても上手くいかない。試しに隣りの器械でやってみるとすんなりかけられた。すぐに自分のやり方がまずかったかと反省してしまう前に、器械の故障などを疑ってみるのも重要だ。その辺りの整備などは日本に比べて劣っている気がする。

 ベヒシュタイン本社は日本で言うところの銀座的な一等地、ガラス張りの高級感あふれるビルにある。マイスターはもう30年もこちらに住んでいるそうだ。びっくりしたのはベヒシュタインでもサイレント機能付きのピアノなどを作っていることだ。ドイツでも騒音問題はあるらしい。今から思えば工場見学もさせてもらえば良かったと思うが、ちょい緊張気味だったのでそんなこと思いつきもせず、1時間ちょっとでおいとまして来た。

 今日は旅の最後の日なので、やり残したこと全てをやらねばならないから結構大変だ。もっと効率よく時間を使えれば良かったと思うが、あちらに何時、こちらに何時という制約があると思うとおりにはいかないものだ。お土産を買わねばならないからKaDeWe(カーデーヴェー、旧西側の誇る高級デパート)には行ってみたい。「ここから歩いて行けますよ」というマイスターの言葉を信じて途中まで歩いてみたが、まだ半分ほどの距離しか来ていないと気付き諦める。またガイドブックに載っていた「カフェクランツラーでお茶を飲みながら通りを眺める」っていうのをやってみたいが、1:00にベルリンフィルのFuhrungに間に合わせるためにはお茶を飲んでるヒマはない。

ドイツ旅行 020.jpgドイツ旅行 019.jpg(ベルリンフィル・・別名カラヤンのサーカス小屋。すぐ近くにガラス張りSONYのビルがある)

 Fuhrungにはなんと昨日のシュターツオーパーで一緒だった日本人もいた。きっと彼も歌か何かをやっているんだろうなあ。その他にも父娘らしき日本人もいて、後はドイツ人2人組とスペイン人4~5名のグループ。ガイドのお姉さんはまず英語で、続いてスペイン語で案内をする。そして歩きながらドイツ人2人組とはドイツ語で話を。あんな風にしゃべれたらいいなあとうらやましくなる。私以外の日本人は結構理解していたのか、うんうんとうなずきながら聞いていた。何故か大きな疎外感を感じてしまう。







ドイツ旅行 026.jpg 当夜はポゴレリッチのリサイタルがある日だった。私たちがホールを拝見していると今晩使うピアノを決めるためポゴレリッチ氏が現わた。ノクターンの出だしの1,2小節を弾いただけであっさりと決めてしまい、あまりに簡単な決断にちょっとびっくりした。






 さて、この後はさっき途中で引き返したKaDeWeに行く。食品売場が見ものと言うのでソーセージを買おうと行ってみたが、お土産用のパックなどはなかったようだ。洋服なども目ン玉飛び出るくらい高くて我々の手が出るようなものは1つもない。たぶんデパートというものが日本よりもずっとずっと高級で上流階級のものなのだろう。別のもう少し庶民的なデパートで親への土産にTシャツとネクタイを買った。取り敢えず義理は果たす。

ドイツ旅行 029.jpg ドイツ旅行 030.jpgそれ以外にも本とか「ベルリンの空気」とか買ってだいぶ歩き回り疲れてきたので、待望の「カフェクランツラーでお茶を飲みながら通りを眺める」っていうの実践。(本当に通りを眺めた)

 少し寒めだったが、2階のテラス席を陣取り、カフェバーボンとザッハトルテを注文。カフェバーボンはウィンナコーヒーみたいな感じだが、とにかく甘い。またザッハトルテもスポンジのキメが荒く舌触りが良くないのであまり美味しくなかった・・・

 しばらく休んで気を取り直し、最後の目的チューリンガーヴァイナハツマルクト(おもちゃ屋さん)へを向かう。20分くらい地下鉄に乗っていると少々気が滅入ってくる。どうしてこちらの地下鉄ってこんなに薄暗くて怪しげで危険な香りが漂っているんだろう。例によって駅に地図などないから、ガイドブックの地図(中心から外れているのであまり詳しくない)と勘を頼りに歩くが、やはり間違えたようだ。

 後ろから女の人が来たので尋ねてみる。彼女は日本語のガイドブックを見ながら頑張って説明してくれる。ひたすら真っ直ぐ行けばいいと言われたので歩く。「もう閉店時間には間に合わないな~。」「今は一体どこにいるんだろう?」「どうして間違えちゃったんだろう?」と思いながらひたすら歩く。突然、視界が開けたように目的の店が見つかった!!のに閉まっていた。まだ閉店時間前なのに。。。私がトントンしても「明日来るように」って言われた。明日は帰るんですけど~。日本だったら時間きっかりに閉めることだってないし、お客が訪ねてきたら「どうぞ」と入れてくれるだろう。

 ホテルの目の前の工事中のデパート(と言うよりスーパー的な店)で、水とソーセージを買う。ここでも店員の兄ちゃんの態度にむかついた。私がVittelの「もっと小さいビンはあるか」と聞いたらオレンジ味のVittelを指差して「これだ」と言う。これは違う種類でしょ!同じものの小さいのはないのか!

 ベルリンに来てからずっとまともな夕食を食べていなかったので、最後くらい・・・と思うが、3分ほどでその決断もへこたれてしまった。隣りの駅だからS-Bahnに沿って歩いて行こうとしたのが間違いだった。すぐに薄暗い一帯に差し掛かってきてだんだん怖くなってきたので引き返し、あまり美味しそうではないけどパスタとかピザのお店に入ってしまった。

 こうして旅の最後の夜は終わった。ベルリンでは何かにつけマイナスな印象を持ってしまったのは、歴史的な背景に加え、たぶん少しホームシックがあったのだと思う。また泊まったホテルが旧東側に位置していたのも微妙に関係していたかもしれない。

〈4/12〜13ベルリン〜成田及び後日談〉を読む→

2005年ドイツ旅行−7 [ドイツ旅行記]

<4/10>ベルリン第二日

 当初、今日はポツダムに行こうかと思っていたが、やめにしてベルリンに専念する。

 まずは、ベルリン大聖堂のドムに昇ろうと昨日来た道を再びやって来る。が、しかし、日曜日の礼拝中のため観光客は入れなかった。あちゃー。次は、シュターツオーパーに行き、今日のFuhrung(ガイドツアー)は何時からか確認、午後2:00からだと貼り紙がしてある。また2:00にここへ戻って来なくてはならない。昨日行けなかったブランデンブルク門へと急ぐ。うげ、後ろから大きな犬が来る・・・怖いよお。ここドイツではお犬様が大きな顔して道を闊歩したり地下鉄に乗っていたりする。大抵、近くに飼い主様がおられるのだが放し飼い、しかも日本で見かけるワンコちゃんではなくて、警察犬か麻薬犬みたいな大きいのだから怖い。

 ブランデンブルク門の東側と西側ではそんなに景色が違うかなあ。。。あまりよく分からないが一応写真に収めておく。1つ言えることは、西側はとても近代的・直線的な建物が多く、東側は歴史的・芸術的な建物が多いのだが、私にとってどちらがより高級なイメージがあるかと言うと、東側の歴史的・芸術的な建物の方なんですね。だから東側は貧乏くさい、西側は裕福という感じがしなかったのです。

ドイツ旅行 018.jpg   (←東側から門を眺める)     
    









ドイツ旅行 017.jpg
(←西側から門を眺める)


     








 次は楽器博物館へ。博物館ってたいていすぐに飽きてしまって入場料の元を取れないんだけど、ここのは違った。まず、その所蔵の多さにびっくりした。あちこちにおじさんが立っていて目を光らせているのだけど、楽器に近づかないように縄とかが張ってあるどこかの国とは違って、本当に近寄って覗き込むことが可能。

 昔のチェンバロやクラヴィコードは弦がヴァイオリンのE線のように細く、あんな繊細な弦で音を鳴らしていたかと思うと感動する。またモーツァルトが演奏旅行に持って行ったような「折りたたみ式ピアノ」もあった。現代のピアノから見ればおもちゃみたいなもんだ。「ピアノ」という楽器が様々なニーズを取り入れ、発展改良し現代のような形・規模に落ち着いたのだろうけれど、今ではどこの国でも、どのメーカーでも音色やタッチなどの微妙な違いを競い合っているだけになってしまっているのがつまらない気がした。もっと色々なピアノがあってもいいんじゃないか。。

 もう1つ見られて良かったのはハルモニウムだ。現代のリードオルガンと反対で楽器から空気を送り出すことによって音を鳴らす楽器らしい。リードオルガンよりも音量に勝り、ニュアンスを表現することにも長けていたそうだが、奏法が難しく廃れてしまった。一体、どんな音がしたのか聞いてみたい。

 ポツダムは諦めたので、せめてシャーロッテンブルグ宮殿には行きたいなと思う。が、2:00のFuhrungに間に合うか微妙。いざとなったらFuhrungは諦める覚悟で行ってみることに。15分ほどで到着したが、入り口にずら~っと行列が出来ていた。料金が細かく分かれているがよく理解出来ない。本当はガイド付きがいいのだが、どうせ時間もないことだし一番安いチケットを買う。庭園はヴェルサイユ宮殿を真似たらしいけれど、とてもそれには及ぶべくもなかった。

ドイツ旅行 021.jpg 急いでシュターツオーパーに戻る。ガイド役はなかなかカッコいいお兄ちゃんでした。日本のガイドにありがちな暗唱ではなく、お兄ちゃんが自分の言葉でしゃべっているのが好感が持てました。私と同い年くらいの日本人の男性もいて、しきりに写真を撮っていたのが、いかにも日本人らしいなと思いました。10人くらいいたお客さんの中で、ほぼ全員が、何かしら質問をしていたことには驚きました。

ドイツ旅行 023.jpg シュターツオーパーは旧東側にあるので、私の好きな歴史的な建物です。ビスコンティの映画に出てくるようなボックス席(皇帝とかが座る)もあったし、楽屋も無味乾燥な事務机などが置いてあるのではなく、古めかしい化粧台とベッドとたんすがありました。またオペラ座の怪人の中で、クリスティーヌが怪人のマスクを剥ぎ取るシーンに出てくる舞台上方の細い通路(工事現場の足場のような)と同じ物があり、あのシーンが脳裏によみがえって来ました。普段は入ることの出来ない舞台裏を見ることが出来、とても素晴らしい経験をしました。

 夜は旧西側のドイチェオパーで「フィガロの結婚」を観る。ドイチェオパーは先程のシュターツオーパーとは180度反対の近代的な建物で、面白みはない。四角い箱という感じ。私の右側2人ほどおいた席に座ったおばさんが序曲が始まっても携帯電話で話し続け、しかもお馴染みのアリアになると足でリズムを取りながら鼻歌を歌うので迷惑この上なかった。周りの観客も眉をひそめているし、私も思いっきりにらみつけるが、本人は全く意に介していない。楽しいオペラもこんなんじゃ台無しだ。

 休憩時間になったらそのおばさんに話しかけられてしまった。聞くところによると彼女はベルギー人で世界一周旅行中。日本にも行ったし他の様々な国も訪れた後、再び帰ってきたところらしい。「旅行する」は「Reise machen」と言うこと、過去形の時は「gemacht」と言うことなどを彼女のドイツ語を聞きながら思い出す。悪い人ではないらしく帰り際にも「良い旅を!」と言われてしまった。今回の旅ではオペラを3本とコンサートを1本鑑賞した。いずれ劣らぬ素晴らしい舞台ではあったが、すべてイタリー物だったので本場でドイツ語の歌唱をを聴けなかったのが残念だった。 

〈4/10ベルリン第3日〉を読む→

2005年ドイツ旅行−6 [ドイツ旅行記]

<4/9>フランクフルト~ベルリン

 最終目的地ベルリンへ出発です。乗りたかった列車には間に合わなかったので、次の列車までだいぶ時間がある。ハンブルグに比べて明るく開放的な感じの駅は、フルーツジュースやサンドイッチのスタンドなどがたくさんあるが、さっき朝食を食べたばかりなので、本屋さんに入った。英語やフランス語、イタリー語など各種言語の本も充実しているのには、「さすが国際メッセの都市」と思った。それらに混じって、奥の方に子供の絵本などがたくさんあった。これがメチャメチャ可愛い。

 DBに乗るのも二回目となれば、手慣れたものだ。今回はコンパートメントを陣取った。ベルリンまでの最短距離を行かずに、敢えてちょっと遠回りで、しかも乗り換えのある列車を選んだ。途中、アイゼナハ、ワイマル、ハレなど、音楽好きにはたまらない街を通るから。乗り換えはライプツィヒ。

 勝手に2車線くらいの小さな駅を想像していたが、列車が駅に滑り込む時に駅舎が巨大なことにまず驚いた。車掌さんのアナウンスを注意深く聞いてベルリン行きは11番線だと分かる。運良く、着いたホームのお隣だった。既にホームで列車が待っているが、あまりにも汚らしくたった3両の電車だったので、「この列車でハンブルクまで行くのかしら」と不思議に思う。ホームの時刻表で確認するが、やはりベルリン行きのICEは11番線だと書いてある。一度は乗り込んでみるが他に乗客もいないし、おかしいな。



 もう一度えっちらおっちらとホームに出て来ると、掃除のおばさんみたいな人が「どこまで行くのか?」と声をかけて来た。「zu Berlin」と答えると、「Ja △◎~&$#%#”~nach Berlin*”▼▽&%○(ベルリン行きの列車はこれじゃないですよ。もっと大きくて綺麗ですよ)」と言われた。「そーだった、こういう時はnachを使うんだったー」と文法事項の反省も忘れずに。そのおばさんが親切な人で一緒に列車が来るまで待っててくれて荷物を積むのも手伝ってくれた。待っている間、ほんの少しお話した。ドイツに来て会話らしい会話をしたのは初めて。嬉しかった。

 ライプツィヒからは1時間半ほどでベルリンツォー駅に到着。ここからS-Bahnに乗り換えるが、その前にウエルカムカードを買わなくては。どの都市でもそうだが、旅行者用に3日間公共交通機関に乗り放題&美術館などの割引のお得なカードがある。ホテルの最寄りの駅に着いてから、例のごとくウロウロウロウロ。本当に案内表示や地図が不親切だと三たび腹が立つ。(何と、ホテルは駅の目の前でした。)

ドイツ旅行 016.jpg(意味不明のガラス張りのバスタブ)

 今までの中で一番大きなホテルで、チェックインするとすぐにポーターさんが荷物を持って部屋まで連れて行ってくれた。道中、「朝食は2階で・・・」など英語で説明してくれる。どうしてみんな日本人と見ると英語の方がいいだろうと勝手に判断するのだろう?今回はポーターさんのお陰でカギが開かずに何度もフロントに行くという手間ははぶけた。こういう時こそチップ・・・なんだろうが間に合わない。この絶妙な間を身につけることが出来たらあなたも立派な欧米人??

ドイツ旅行 011.jpg 5時ころになってしまった。遠回りな列車を選んだことをちょっぴり後悔。今日はまず「福原信夫著・ヨーロッパ音楽旅行案内」の通りにベルリン市内を東西にまっすぐ歩いてみようと思う。ブランデンブルグ門を境に街の様子がガラリと変わるらしいから、それを体験してみたい。ちょうど私が泊まるホテルはウンターデンリンデンの端っこ、アレキサンダープラッツに面しているので、氏とは逆に、東から西へ進むことにしよう。

ドイツ旅行 012.jpg テレビ塔を右手に赤の市庁舎を左手に見ながら、足取りも軽くしばらく行くと、ベルリン大聖堂や博物館島などがある。ガイドブックに載っている通りだ。シュプレー河に沿ってフリーマーケットが開かれているが、今日は先を急ぐことにする。ちょいお腹が空きめなのでブラートブルスト(ソーセージパン)を買い食いしながら歩く。



ドイツ旅行 013.jpg 日本と違い、ずいぶんと道幅が広いので通りの反対側にひょいと渡ることは危険だ。何しろすごいスピードで車がやって来るし、ついつい左側ばかり確認して「よし!」って思ってしまうが、車は右の方向からやって来る。信号が青になったからといって、悠長に歩いていると向こうにたどり着く前に赤に変わってしまうから恐ろしい。ドイツの人たちはよほど早歩きか足が長いのだろう。。。

 そういうわけで道の反対側にシュターツオーパーウンターデンリンデン(国立歌劇場)らしき建物が見えるが、近寄ってみたい気持ちを我慢してまた歩く。が、この調子でブランデンブルグ門まで行くのはきついぞ、と気づく。ちょっと雨も降ってきたし寒くもなって来たし暗くもなって来たので、不安がよぎる。ちょうど100番のバス(この100番のバスは観光客お勧めとガイドブックに書いてある。)が来たので乗ることにした。しかしバスは、ブランデンブルグ門には行かずに、くるくると遠回りをしながらツォー駅に到着。

 ベルリンという都市は私が想像していた以上に大きな街らしい。また交通もなかなか複雑なので、乗りこなすのは大変そうだ。もたもたしていると、予定していたスポットを回りきれなくなりそうな気がしてきたので、今日はもう少し頑張って、ユダヤ博物館とベルリンの壁博物館へと向かう。街の中心部からは外れているので、ちょっとさびれてイヤな雰囲気が漂っているので、なるべく早足で行く。

 ユダヤ博物館はガイドブックによると「ベルリンっ子でいつもにぎわっている」とのことだが、照明がとても薄暗いしひたすら気持ちが悪い。一刻も早くここから出たいと思ったが、建物が複雑すぎて出口がどこだか分からなくなってしまった。案内の人が所々に立っているので、「出口はどこか」聞いたが、その人も説明に困ったようで「ひたすら階段を下りてください」とのこと。私だってそうしたいが、階段が途中で消えてしまうから困っているのだ。もう泣きそうになりながら、やっとの思いで脱出に成功。


 次は、壁博物館とチェックポイントチャーリーへ。

 壁を乗り越えようと思った人たちの記録とか色々あったがドイツ語を念入りに読む気力はなく、先ほどのユダヤ博物館ですっかり滅入ってしまったせいもあるが、何だかとっても暗く重い気持ちになって来た。壁のかけら付き絵葉書をお土産に仕入れ、一応チェックポイントチャーリーを写真に収め、大急ぎでホテルへ戻った。この時撮った写真が今回の唯一のピンボケ写真なのだが、これも壁に散った 人たちの亡霊のような気がして恐ろしい。

05051121.P5110012.jpg05051121.P5110013.jpg(壁のかけら付き絵葉書)





 もうどこかお店に行こうなんて気分には到底なれないので、ホテルの一階のバーガーキングでテイクアウトし、部屋で食べる。「ドッペル何とか」というセットだったので、てっきり「ダブルチーズバーガー」のセットだと思ったら、ハンバーガーが二つも付いてきてびっくり!誰がそんなに食べるんじゃ。
 夜中に戦争をテーマにした連続ドラマみたいのをやっていたので、懲りずに見てしまった。この国ではよく戦争の話題がテレビにのぼるなという印象を受ける。日本で戦争のことが語られるのは終戦記念日の前後くらいだろう。いつでも過去の過ちを皆で振り返って反省している国民なのかしらんと思う。(実際そうらしい)

〈4/10ベルリン第2日〉を読む→

2005年ドイツ旅行−5 [ドイツ旅行記]

<4/8>フランクフルト(ムジークメッセ)

 今日は、ムジークメッセに行くこと、夜はオペラを見ること、この二つでOK。幕張の5倍くらいあるという広い会場に、ありとあらゆる音楽に関するものが展示されている。とにかく広いし、どこから何を見ていいかも分からないし、何度も言うようだけれど案内が不親切なのですぐに迷ってしまう。しかしありがたいことに私が一番興味がある「ピアノ」の展示は1フロアだけ、しかもメインゲートを入ってすぐのホールなので、まだ疲れる前に迷うことなく見ることが出来た。

 ホールに入ると真っ先の一等地に我がベヒシュタインのブースが広々ととられている。ちょっと誇らしい気分だ。でも、いつも弾いているピアノは後回しにして、あまり触る機会のない他のメーカーを探索しに行く。ブリュートナー、ファツィオリなどは少し期待外れな感がする。閑散としているブースは中国系のメーカーだ。試しに触ってみる。はい、さようなら。日本のメーカーからもいくつか出展しているが、ヤマハのブースは見当たらないなあ。でもヤマハのピアノは何カ所かに置いてあるから触ってみる。「いつもの音がする」という感想がぴったり。他には、スタインウェイとベーゼンドルファーも出展していなかった。王者のお二方にはそんな必要はないのかしらん。

 え~っと、シュタイングレーバーはどこかなと探す。一番興味のあるピアノ。やはり素晴らしい!小さいサイズでありながらこの低音の伸びは他のどこも真似できないのではないか。人気のあるブランドなのか、1台しかないフルコンはいつも誰かが触っていてなかなか空かない。しばらく粘ってみたが無理そうなので諦める。しかし、セミコンを弾いた限りこのメーカーの良さは小さいサイズにありそうな気がする。お部屋が狭いけどグランドピアノが欲しい方はどうぞ。(ただし500万円用意してね。)

 もう一つ、意外なところで素晴らしかったのはザイラーです。きらきらした音でありながら下品ではなく伸びもありタッチも適度に軽くて、モーツァルトなど弾いたらさぞかし似合いそうな音質だがが、それだけにとどまらず、ダイナミックな表現も出来そうだ。ザイラーというのは日本では名前は聞くけれど実物はあまりないのではないかな。もっともっと入って来たらいいと思うけれど、もしかしたら、日本の気候にはあまり馴染まない楽器なのかもしれない。

 C.ベヒシュタインは、3大メーカーと言われながら、もう少し庶民的と言うか、まだまだこれから変わろうとしていると言うか、とても謙虚な姿勢を感じます。また実際ピアノの性能、商品のラインナップの豊富さを見ても、他の追随を許さないという貫禄があった気がします。(多少の身びいきは入っているかも知れませんが。)今回メッセを見学した結果、私がこのピアノを選んで良かったと確信を持てたことは、はるばる日本からここまで来た甲斐が大いにあったと思います。

 ピアノ以外の展示では楽譜のコーナーと(チャーチ)オルガンが楽しかったです。ドイツの子供のピアノ教材や音楽絵本、子供の歌本などは、とてもカラフルで素朴で愛嬌がありました。メッセの性格上、購入することが出来なかったのが残念でなりません。

05051121.P5110009.jpg(後日、インターネットで購入した子供向けの絵本。とてもカラフル。ショット社のHPから注文すると、即送られてくる。実は、CD付きを頼んだのが手違いでCDなしが届いてしまったりということがあったのだが、泣き寝入りせずに、簡単なドイツ語でメールを送ったら、また即CDのみ送られて来た。すこぶる気分がいい。日本語に訳された同じ本が売ってるのだが、そこはそれ、やはりドイツ語だと気分が盛り上がるし、聞き取りの練習にもなる。)

 夕食は昨日と同じ店に行く。イタリー系っぽいお兄さんがとても愛想よく迎えてくれるが、その笑顔とは裏腹に、あまり相手にはされていないなという感じもした。
 昨日、肉を食べっぱぐれたので今日こそ、と思い、「肉(Fleisch)はどれですか?」と訪ねたら「全てFleischだ」と言う。「昨日これを頼んだら魚でした」と言いたいが言えない。電子辞書で調べてみたら、料理では魚肉も含めて「Fleisch」と言うらしいことが分かった。ドイツに来て「ウィーン風」を頼むのもナンだと思ったが、Wiener Schnizzelを注文。昨日に引き続きSpargelがめちゃくちゃ美味しい!シュニッツェルももちろん美味しいが、何しろ小柄な私には(?)量が多い。しばらくするとたぶんメッセ帰りだろう多国籍ビジネスマン6人連れがやって来た。

 オペラはマイン川のほとりの劇場で行う。お店からは少し距離があるが、地下鉄に乗るより走って行った方が早いと判断する。日本のガイドブックの地図はとても分かりやすいので迷うことなく到着。何とか開演には間に合ったが、「Garderobe(クローク)にコートを預ける」っていうのは今日もお預けだ。せっかく1オイロを用意してあったのに。

 今日のオペラは椿姫です。舞台も近くとても観やすかった。でも字幕は上の方に出るので、字幕を読もうとすると天井の方ばかり見ることになってしまうので諦めた。幸い、よく知られたオペラなので筋は分かる。ハンブルクシュターツオーパーより数段レベルが高いと感じた。また演じている人も国際色豊かだった。ジェロモンを歌った人の声が素晴らしかった。顔は日本人ぽいが恰幅も良いし、あの朗々とした声は日本人ではないだろうと思ったら案の定、韓国人だった。海外に行くとたぶん彼らの方が我々日本人よりも数倍たくましく生きているのだろうと思う。

 どうして日本人はダメなのだろうか・・・。日本は鎖国していた時代が長かったので、ヨーロッパにまだ2世3世というのはほとんどいないだろう。自分が志しを立てて移住をした人か、せいぜいあちらで家庭を持って子供がそろそろ大人になった、くらいな程度ではなかろうか。「日本人の顔をしているけれども父も母も大陸で生まれ、自分も日本に行ったことはない」みたい人が出て来た時に、少し事情が変わってくるのかなと思ったりした。

〈4/9フランクフルト〜ベルリン〉を読む→

2005年ドイツ旅行−4 [ドイツ旅行記]

<4/7>ハンブルク~フランクフルト

 早くもハンブルクを発ちフランクフルトへ向かう日がやってきた。ハンブルクからの移動はDB(ディーバーン)。日本ではあまり見かけたことがないと思うのだけど、ハンブルクの駅はホームが長く、○番線aとかbとか書いてある。短い編成の列車の場合、一つのホームの前の方あるいは後ろの方に片寄って停まるらしいと分かるまで、時刻表や駅の発着案内に書かれた「11a/b」などの表示の意味が分からなくてうろうろしてしまった。
 車窓からの眺めはとにかく田舎。この移動時間を利用して、ハンブルクの分のドイツ語日記を書いてしまう。

ドイツ旅行 009.jpg 駅に着いてみて、「あ~ヨーロッパの駅に来た~」という感じがした。この感覚、なんて表現したらいいのだろうか。東京駅とか新宿駅とかもっと大きいと思うけれど、日本の駅は「幾重にも折り重なって複雑怪奇な」という感じがするが、あちらは、ただただ「だだっ広い」感じかな。ハンブルクと違って階段がない。

 まずはインフォメーションを探して行ったり来たりする。日本の過剰なまでに親切な案内表示に慣れているせいか、ドイツの表示は不親切だと思う。「i」というマークを頼りに歩いているのに、それが途中で消えてしまうのだ。「あれ、見落としたかな」と思ってまた戻って出直してみるけど、やっぱり途中でなくなってしまう。結局、駅の中を30分も迷子になっていた。さっきから何度もこの前を通っているのに・・・・入り口が狭くて気付かなかった。

 アパートメントにしろ、商店やレストランや美術館などにしろ、入り口というのは狭くて頑丈な扉があって、「外界とつながるためのもの」と言うよりは「外界を断絶するためのもの」という雰囲気が漂っている。「正当な用事があって許可された人以外はみだりに開けないで頂戴っ!!」と拒絶されているようだ。私たち「ふすま」と「縁側」の文化に育った人間にとってはたまらなく冷たい感じがする。

 駅までは順調だったが、そこから思いのほか時間がかかってしまったので、もう3時過ぎてしまった。大急ぎで支度をして・・・と思ったのに、またまたカギが開かないという事態。あ~~~もうっ。フロントに行って、人を呼んで来る。先程の話じゃないがドアは「外界を断絶するためのもの」だから、カギが開いても尚、かなり大きな力で押したりノブを回したりしないと開いてくれないらしい。とても片手では開け閉め出来ないくらい重かった。

 フランクフルトで観光をする予定はあまりないのだが、せっかくだからゲーテハウスくらいは行っておこう。彼の生家が当時かなりな富裕層に属していたらしいのは一目瞭然で、しかも、各部屋は色が統一されているなどこだわりが感じられて、「ただの成金ではないぞ」という感じもした。ちょうどドイツ人のグループがガイド付きで回っていたので便乗して聞きたかったけれど、図々しいと怒られると恐いのでやめておいた。でもある部屋に来た時、そのガイドのおじさんが日本語で「これがゲーテのおじいさん、おばあさん、」などと私に教えてくれて、親切なおじさんだなと思うと同時に日本語がしゃべれるなんてすごいと感心した。

karte.jpg ゲーテハウスを出てから、レーマー広場の方へ行ってみた。いわゆる市庁舎広場だが、その木組みの建物がとても可愛らしくローテンブルグあたりの街を思わせる。絵はがきになっているフランクフルトは、超高層ビルとレーマー広場が一緒に写っており、一つの街のとても近い場所に、近未来都市と中世の街が渾然一体となっているところが不可思議な感じがした。

 だいぶ疲れて来たので、まだだいぶ早い時間だが夕食にする。と言っても、昼食を食べっぱぐれているから、朝食を摂ってからはずいぶんと時間が経っている計算だ。ドイツ語の先生お進めのお店「WIRTSHAUS」に一目散に行く。地下鉄に乗ろうとホームに降りる。私が地図で確認していると親切なご婦人がやって来て、教えてくれる。だが、どうもその人の言っていることは間違っているぞ。反対方面の電車に乗れと言っている、どうしよう???ホームの端の方に行ってばれないように(正しい方に)乗ろうと歩き始めると、とても親切なそのご婦人は追っかけて来て再び間違った情報を教えてくれる。仕方がないので、少し遠回りだけど反対方面の電車に乗って行くことに腹を決めた。

 お店に到着。やはりさっきの話じゃないけれど入りにくそうな面構えの店で、教えてもらっていなければ絶対に入れない。お店の人に何がお薦めかと聞いたら全てお薦めだと連れない答えが返って来たが、中でも「spargel」がお薦めと言う。私は基本的に白アスパラは嫌いなんだけど、ま、いっかと思い、注文。ハンブルクの店では魚を食べたので今度はお肉が食べたいと思い「Fleisch」と書いてあるものを選んだ。しか~し、出て来たのは、白身魚のフライみたいのだった。とても淡白な肉かな、と一生懸命考えたが、どう間違ってもこの味は魚だろう。

ドイツ旅行 010.jpg 白アスパラはそれはもうこの世のものとは思えないくらい美味しかった。ドイツの料理はジャガイモとソーセージばっかりでまずいと誰かが言っていたが、今のところは外れなしだ。ワインを頼んだのが効いて来て眠くなってしまった。この後、アルテオパー(旧オペラ座)で演奏会なのに、まずいっと思い、コーヒーも追加。かなりゆっくりしたので眠気も冷め、元気にアルテオパーへ。

〈4/8フランクフルト(ムジークメッセ)〉を読む→
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